Story.8 古の殺戮者
セシルに別れを告げ、山へと足を踏み入れた一行。運が良かったのか、数時間経った今現在まで一度も魔物とは遭遇していない。出逢わないということも有り得るが、これから賞金首の魔物と一戦交える可能性が高いのだ。その他の有象無象とはこのまま出くわさないですめばそれが一番良い。
「もう昼時だし、そろそろ休憩するか」
ハールが木々の隙間から覗く太陽を見上げ言う。すると、フレイアは逸早く返事をした。
「はいはーいっ! ついでに、お昼ゴハンにしたいでーす!」
「そうですね……朝出る前に軽食作ってきたので、それでお昼にしましょうか」
一瞬、作っている最中の会話が脳裏を過ぎった。が、すぐに振り払う。
全員が多少なりとも空腹を感じ始めていたので異論が出るはずもなく、座るのに適当な場所を探して一同は腰を下ろした。
リセは帽子を手に取り、携帯水晶の一つから軽食入りのバスケットを取り出した。食糧の他、イズムの店から持ち出してきた調理器具もまとめてこの中に入っている。彼も一応携帯水晶を持ってはいるのだが、リセの帽子はすぐ手が届く処にあるし取りやすいということで任せている――と言うのは建前で、イズムが実行に移す気はあまり無く手近なリセの携帯水晶に入れようかという案を口にしたところ、「それって荷物係!?」と彼女が大変喜んだのである。予想外の反応で不思議に思ったが、フレイアは何かが解ったらしく小さく頷いて見せたのでそのまま預けることにした。以前、何かあったのだろう。そうして、さて食べるか、という雰囲気になったとき、リセが口を開いた。
「イズム君、食べ終わった後でもいいんだけど、お昼休憩のついでに魔法の練習付き合ってもらってもいい……かな?」
「構いませんよ。先にしてもいいですし」
「ほんと? じゃあ、今お願いしてもいいかな?」
「ええ」
リセはぱっと顔を明るくし、座ったばかりにも関わらずすくりと立ち上がった。
「と言う訳で、ハールとフレイアさんはお先にどうぞ。多分ないとは思いますけど……一応、魔法が暴発したら危ないので、少し離れた処でやってきます」
「分かったー、でも、待ってても全然平気だよ?」
「ううん、フレイア達は気にしないで、先に食べてて。ちょっと行ってくるだけだから」
見上げてくるフレイアに、リセはそう言った。
「そう? じゃあ行ってらっしゃい、頑張ってね!」
「あんまり遠く行くなよ」
「分かってます」
イズムは歩き出しながら、軽く微笑して答える。リセがその後を付いていくのを見届けると、ハールは手元のパンに目を落とす。
「……先食ってるか」
「そだねっ」
フレイアが「いただきまーすっ」と言っているのを横で聞きながら、思った。
(長引くんだろうな……)
†
「――さて、この辺りまでくれば大丈夫ですね」
ハールとフレイアからある程度離れた場所まで歩いてきたところで、イズムは振り返って言った。
「まずは昨日のおさらいです。魔力の顕現、いってみましょう」
リセは右手を胸の前まで上げ、軽く内回りに捻る。すると、彼女の掌の上に白く輝く魔力の粒子が炎のように揺らめいた。昨夜顕現させた時よりも、格段に大きい。しかしそれは、数秒で霧散してしまった。
「あ……」
「夜よりはっきりできてますよ。後はそれを持続させるだけですね」
「持続……気を付けることって、あるかな? イズム君は普段どうやってる?」
「どうやって……と言われると、どうやってましたっけ」
イズムは右手に蒼い光を創り出すとそれを見つめる。
「消えそうだと思ったらその分だけ補正するように意識を傾ける、と言いますか……」
捻る動作もなく当然のような素振りに、自らと目標との距離を感じざるを得ない。
「できるだけ意識は逸らさない方がいいんですけど、実際に戦うとなるとそうも言っていられませんから、無意識で意識できるようにならないといけないんですよね。前にも言いましたけど、やはり慣れるしかないかと……」
「う……やっぱり、そうだよね」
無意識の意識、という意味が解るような解らないような言葉に眩暈がしそうだ。
しかし、引き下がるわけにはいかない。再度手を上げ、息を深く吸って、吐いた。
「もう一回、やってみる」