Story.7 星宿の地図

「あー……で、結局どうする」
 諦めて引き返す方向性へと傾いていた一行の後ろから、話を聞いていたらしい女将の声がかかる。
「別に『通行禁止』って訳じゃないけどさぁ……。止めときな。あの魔物の賞金に目が眩んで狩りに行った狩人も数人いたけど、だーれも帰って来なかったしさ……」
「……禁止じゃ、なかったんですか?」
 僅かに目を見開くリセ。今までずっと『通れない』と言われていたので、勝手に『通行禁止』だと思い込んでいた。
「賞金? その魔物、賞金かかってるんですか?」
 フレイアが老女を振り返る。
「そう。ええと、確か一昨日役人が来て値上がりしたとか……百五十万ガイルぐらいだったかね」
 瞠目し、反射的に金額を口にする四人。見事に声が重なった。
「すげーな……」
「うわー、携帯水晶いくつ買えるかな」
「フレイアさん、携帯水晶換算ですか」
「そんなにあれば、これからの旅にお金の心配は無くなるね……」
 その一言で、地図から顔を上げた三人の視線がぶつかる。それぞれが考えていることは容易に汲み取れた。
「危なくなったら即撤退、は厳守ですよ」
 静かに戯笑して、イズムは言う。
「まぁ……生きて帰れりゃ、損はねーよな」
「逃げ足には自信あるよ」
 おどけながらも、満更では無さそうなフレイア。
 その時点でふと黙り込む一同。声が、一つ足りない。
 それもそのはずだと、一瞬でもその事実を忘れていたことにほぼ三人同時に後悔をする。代表するように、ハールが口を開いた。
「あー……いや、でも安全第一だしな。今回は見送――」
「行きたい」
「リ……!?」
 言葉を遮られたということではなく、『遮った内容』に息を詰まらせる。驚きで二の句が継げないでいる内に、発言主である彼女は老婆を振り返った。
「あの、その魔物がどの辺りにいるとか、ご存知ですか」
「詳しい場所は分からないけど、噂では山の半分を過ぎた辺りに出るとかどうとか……少なくとも、山に入ってすぐではなさそうだけどね」
「ありがとうございます」
 当然自分に話が振られるとは予想していなかったゆえ、少々目を見開きながら答える。するとリセはすぐに向き直り地図に目を落とすと、ゆっくりと、だが的確な視線で道のりを辿った。
「……二日くらい?」
「え、まあ……って、おい!」
 突然求められた確認に、思わず素直に返すハール。しかし彼女が何を言わんとしているかを理解するとすぐに制止をかけようとした――――
「それまでに、魔法使えるようにする」
 ――が、先を越されてしまった。
「お前……」
 見上げてくる瞳を見れば、軽い気持ちで言っているのではないことは明白であった。
「お願い」
 だが、だからこそ、安易な言葉を返すことはできない。
「……こんな短時間で、本気でできると思ってんのか?」
 呆れもない、怒気もない。ただの、無色透明な問い。
「やって、みせる」
 そして彼女は、微かな躊躇を覗かせながら、それでも、瞳を逸らさずに言い切った。
 暫しの無言。
 見守る視線。
 呼吸ですら躊躇うほどに、静止した空気。
 その間、二人の視線が違うことはなかった。
「……危なくなったら絶対に下がれよ」
 言うと、ハールはテーブルから地図に手を伸ばし、それを片付ける。彼は目でフレイアとイズムに了承を確認するが、二人とも異論はないようで、口を挟むことはなかった。
「はい……!」
 リセは頷き、小さく笑む。それは先ほどの無邪気で咲き零れるようなものとはまた違い、安堵の中にも不安が混ざる決意の色を呈していた。
「アンタ達本気かい?」
 ふいにしわがれた声が、一行を諫める。途端に空気が温度を失った。
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