Story.1 白の狂気

 軽くした――――のも、束の間。
 無言。
「……」
「…………」
 重ねて、無言。
 記憶師の話をしてからその後、彼女は話し掛けてこなかった。以降、重い――少なくともハールにとっては――沈黙が二人の間を流れている。
(何か話すべき……なのか?)
 素に戻したとは言いつつ、彼女と話す際には冷たく聞こえないように最低限は口調にも気を遣っている。自分にしては随分と頑張っていると思う。けして嫌いではないが、会話はあまり得意ではないのだ。そう、このような状況を打破するに最も有効だと思われる手段――『雑談』のようなものは、特に。
(何話せばいいんだよ……)
 普通は出身地や職業、好物など当たり障りない質問でどうにか凌げるのかもしれないが、何せ相手も自分のことが分からないのである。話し上手でもない彼には、あまりに酷な状況であった。彼自身静寂が苦痛に感じる質ではない。しかし相手もそうだとは限らないので、半ば諦めつつも話題を探す。
 ――そういえば少し前から、たまに一瞬だけ立ち止まって、すぐに追い掛けてくるような足音が聞こえる、ということが続いていた。足音の主は明らかであったが、理由は分からない。ハールは振り向くと、話の切り口として問いかけた。
「……さっきから何やってんだ?」
「えと、花を摘んでたの」
 彼女の手元を見ると、確かに数本の花が握られていた。
「……へぇ」
 再び降りる沈黙。
(……って、終わらせてどうする!)
 相槌を打つと、会話はそれきり途絶えた。今のは明らかに自分に原因がある。今度こそ、本格的に気まずい。他に話せるようなことはなかったかと、初めて彼女を目にしたときのことを思い出す。
 何か、何か――――

「髪、」

 口から出たのは、それだった。
「髪?」
「……すごいよな、それ。銀髪なのに光の加減で色が変わって見える」
 言われてきょとんとした顔をする少女。白い肩から流れ落ちる髪を右手で掬うと、目を見開いた。
「……わ、ほんとだっ」
「綺麗だよな」
「え?」
「え?」
 自分の髪色も気付いてなかったのか! という突っ込みは心のなかだけに留めておく。それはさておきどうしたものか。何だか焦ってとんでもないことを吐いてしまったような気がする。何か超見つめられてるし。現に「え?」とか言われたし。反射でつい同じ言葉を返しをしてしまったのだが、そこで自分は失敗したと気付いた。軟派な男だと思われたに違いない。正直恥ずかしい。
(最悪だ……)
 どうせ記憶師のところに送り届けるまでの付き合いであろうし、多少気まずい無言が続いたとて問題なかったではないか。“とても”気まずい有言よりずっといい。らしくないことなどするものではない。ハールは恐る恐る少女の顔に視線を遣る。きっと、顔をしかめられ――……ていなかった。
 代わりに、少女の顔にふにゃりと気の抜けた笑みが浮かぶ。
「ハールの目も綺麗。森のいろ」

 ……別の意味で恥ずかしくなった。
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