Story.7 星宿の地図

 月明かりの下、宿の前の段になっている石畳に並んで腰を下ろす。
「さて、何処から始めましょうか……」
 イズムは顎に手を当てて少し考え込む。暫くそのままでいると、答えが出たようだった。
「では、まず魔法の基本原理についてお話しましょうか」
「え……」
 何やら難解そうな話が始まる予感に、露骨に不安が顔に出るリセ。その表情の変化にイズムは苦笑する。
「大丈夫ですよ。そんなに難しい話ではありません。……ちょっと長くなりますけどね」
 今度はあからさまに安堵した様子を見せる。何とも分かりやすい。
「じゃあ、始めますね。まず、この世に存在する全ての生物や物には、『魔力』という力があります。存在するための力とでも言いましょうか……。物の中で高い魔力を有しているのは、身近な物で言いますと、携帯水晶ですね。そして生物の中でもとりわけ多くの『魔力』を持っているのが、『魔族』。彼らは人間及び他の種族が努力で成し得る『魔法』をその才能でもってやってのけてしまいます。まぁ、これについては追々話すとして……。それ以外の生物で魔力が高いのは、『魔獣』、『魔物』などです」
「……うん」
 他の種族、というのは、恐らく『エルフ族』『獣人族』『鬼族』のことだろう。ハールから聞いた歴史の話が意外なところで役に立った。話はやはり聞いておくに越したことはないらしい。
「して、ここから本題です。存在維持の為に使われてなお余った『魔力』というのは、使い手の想いによって具現化することができます。その具現化された『魔力』が、《魔導式想念顕現法》――……俗に『魔法』と呼ばれているモノです。術主の思い浮かべたイメージが強く、鮮明である程『魔法』は威力が高くなります。なので、魔法の強さはその方の意思の強さを表しているとも言えますね……どんなに意思が強くても、生命を維持するのに必要な最低量は当然として、魔法として使える程度の余裕がなければ元も子もないのですが」
 今の話からすると、魔法というのは魔力を一定量以上生まれ持った者にしか使えないらしい。もしかしたら、自分は運が良いのかもしれない、とリセは思う。恐らく、魔法が使いたくても魔力が足りず使えない人もいるのであろう。
「魔力には溜めておける限界値がありますが、それには個人差があります。魔法を使うと魔力は消費され、身体的な休息をとると段々と回復します。ですがどんなに休息を取っても、生まれ持った限界値以上の魔力を溜める事はできません。先ほどお話しした通り、魔力は存在するための力であって命とほぼ同等の存在ですから、度を越して生命維持に必要な分まで使ってしまうと危険です。まぁ、死ぬまで使うなんて事は有り得ませんけどね、その前に倒れますから」
「わかった、気をつける」
 良い心掛けです、とイズム。
「魔力を具現化させた時の基本の形は光の粒子で、その粒子の色と大きさも人それぞれです。粒の大きさが小さくて細かい程扱いやすく、応用が効きます。……そうですね、糸に通した玉を例にすると分かりやすいかと」
 そして、通した玉が大きければ大まかな動きしかできませんが、小さければ全体が複雑な動きもできますからね、と続けた。
「特殊な例として、記憶師の方々の粒子の形は特別ですね。だからどんなに力量のある魔導士でも、魔力の形は生まれつきですから、記憶に干渉する魔法が使えないんです。あとは『治癒魔法』ですね。傷口に直接魔力を注ぐので、ある程度粒子の細かさを持っていないと出来ない魔法なんです。そのせいで、治癒魔法の使い手、『癒者』、または『癒師』――これは政府に登録して、魔法による治癒を生業にしている『癒者』の方達の呼び名ですね――は、貴重なんです。そんな細かい魔力の粒子の持ち主なんて滅多にいませんから」
「魔法で治療……便利だね」
「そうですね……でも、治せるのは外傷だけで病気は治せないんですよ」
 いくら魔法とは言っても、限界があるという事か。世の中とは、ままならないものである。
 ……暫しの静寂。イズムは小さく息をついた。
「……説明は、ざっとこんなものでしょうか……まぁ、色々言いましたけど、結局大事なのは実践ですから。一度魔力の流れを掴めば、後は簡単です」
「そんなものかな?」
「そんなものです。魔法の扱いに慣れてくれば、相手がどの程度魔力を持っているか感覚で分かるようになりますよ」
 そう言って一度リセに微笑みかけ、イズムは立ち上がった。リセも石畳から腰を上げる。
「さて……早速実践してみましょうか」
 彼の柔らかい微笑に、リセは静かに頷いた。
12/19ページ
スキ