Story.7 星宿の地図
「え、」
思わず目を見開き振り返る。そこには袖口を指先で掴み、必死に言葉を紡ぐリセがいた。
「あの、イズム君、もう一つ、教えて欲しいことが……あって」
途切れ途切れの声。しかし、瞳はしっかりと彼の目を見据えて。
「――――私に、魔法を教えてほしいの!」
「――――……」
考えもしなかった答えに、暫し瞠目する。
「ダメ……かな?」
手を放しながら、目の前の少女はおずおずと訊いてきた。
「あ、いえ、そんなことは……ええと、今ですか?」
「う、うん……もう夜も遅いし、地図も教えてもらったのにまた今からなんて無理言ってる、よね?」
地図の次に魔法とは、流石に虚を衝かれた。イズムは少しの間、リセを見つめた。彼女はどうしていいか分からないようで、うつむいている。
――――正直、こちらだってどうしていいか分からない。
「どうして、ですか?」
本当は理由など問わなくても分かる。たった数日だが、彼女と共に過ごしその性格を垣間見たのだから。
「……守りたい、から」
震える声で紡ぐ答えは案の定だった。思わず溜め息を吐きたくなった。
少女を目の前にし、自らが此処にいる理由を、自らに問う。先日の『誰か』への問いかけが今度は自分に向いており、向けているのもまた己だとは皮肉なものだ。
――――自分は、どうするべきか。
イズムは、ゆっくりと口を開いた。
「……いいですよ」
「えっ、本当!?」
「ええ。リセさんには、魔法を扱うのに十分な魔力があるようですから……問題ありませんよ」
言の葉の裏側を見ずにそのまま受け取ると、安堵の息をつくリセ。そしてそのまま咲き零れるような笑みを咲かせた。
「良かったぁ……ありがとう、イズム君」
「いえ、そう言われるのは、リセさんが魔法を使えるようになってからですよ」
「うん……!」
「――――ですが、ひとつだけ、訊いてもいいですか」
微かに、彼の声の硬度が増す。
「……それは本当に、自分やハール達を守りたいからですか? それとも――――」
周りを仄赤く照らす燈火が揺れ、二人の影を夜闇より深い色で足元に落とした。
「罪悪感から、逃れたいからですか」
無感動な響き。感情の読めない瞳は、ただ真っ直ぐにリセを見つめていた。
「――――……」
リセは、その奥にあるものを探るわけでもなく、ただ、黒のそれを受け止める。彼は静かに、その答えを待った。
「…………わからない」
銀の睫毛を伏せ、呟く。イズムの目が微かに据わった。
それは、森で目覚めたばかりのときに発した言葉と同じもの。しかしその声に、あの時のような弱々しさはなかった。
「そういう気持ちも、どこかであるのかもしれない。でも……」
ゆっくりと顔を上げ、瞼を開く。
――――向けられたのは、曇りのない、真っ直ぐな金の眼差しだった。
「守りたい気持ちは嘘じゃない」
凛とした声音に、辺りを流れる時間が止まった。本当に今の声は、彼女のものなのだろうか。それは初めて聞く、彼女の強く迷いのない声色だった。
「……そう、ですか」
吐息と共に吐き出されたそれに対する返答からは、相変わらず真意が汲み取れない。
「すみません。少し、意地の悪い質問でしたね」
しかし彼は謝ると困ったように笑った。そして、微かに俯く。
「……人間の感情が一色なわけ、ないですよね」
「え、今何て……」
「いいえ、何でもありません。僕も変なことを訊いてすみませんでした。忘れてください。……魔法ってやる気が大事ですから、そういうことですよ」
「ああ、なるほど! やる気ならあるよ、大丈夫!」
笑顔でぐっと両手を握るリセに、言いようのない苦い感情が滲んだ。何はどうあれ、了承したのならすることは一つだ。イズムはランプを持つと、宿の扉に向かって歩き出す。
「外に出ましょうか。中だと失敗した時危ないですから」
「はーい」
振り返ってそう促すと、リセもその後に続いた。
思わず目を見開き振り返る。そこには袖口を指先で掴み、必死に言葉を紡ぐリセがいた。
「あの、イズム君、もう一つ、教えて欲しいことが……あって」
途切れ途切れの声。しかし、瞳はしっかりと彼の目を見据えて。
「――――私に、魔法を教えてほしいの!」
「――――……」
考えもしなかった答えに、暫し瞠目する。
「ダメ……かな?」
手を放しながら、目の前の少女はおずおずと訊いてきた。
「あ、いえ、そんなことは……ええと、今ですか?」
「う、うん……もう夜も遅いし、地図も教えてもらったのにまた今からなんて無理言ってる、よね?」
地図の次に魔法とは、流石に虚を衝かれた。イズムは少しの間、リセを見つめた。彼女はどうしていいか分からないようで、うつむいている。
――――正直、こちらだってどうしていいか分からない。
「どうして、ですか?」
本当は理由など問わなくても分かる。たった数日だが、彼女と共に過ごしその性格を垣間見たのだから。
「……守りたい、から」
震える声で紡ぐ答えは案の定だった。思わず溜め息を吐きたくなった。
少女を目の前にし、自らが此処にいる理由を、自らに問う。先日の『誰か』への問いかけが今度は自分に向いており、向けているのもまた己だとは皮肉なものだ。
――――自分は、どうするべきか。
イズムは、ゆっくりと口を開いた。
「……いいですよ」
「えっ、本当!?」
「ええ。リセさんには、魔法を扱うのに十分な魔力があるようですから……問題ありませんよ」
言の葉の裏側を見ずにそのまま受け取ると、安堵の息をつくリセ。そしてそのまま咲き零れるような笑みを咲かせた。
「良かったぁ……ありがとう、イズム君」
「いえ、そう言われるのは、リセさんが魔法を使えるようになってからですよ」
「うん……!」
「――――ですが、ひとつだけ、訊いてもいいですか」
微かに、彼の声の硬度が増す。
「……それは本当に、自分やハール達を守りたいからですか? それとも――――」
周りを仄赤く照らす燈火が揺れ、二人の影を夜闇より深い色で足元に落とした。
「罪悪感から、逃れたいからですか」
無感動な響き。感情の読めない瞳は、ただ真っ直ぐにリセを見つめていた。
「――――……」
リセは、その奥にあるものを探るわけでもなく、ただ、黒のそれを受け止める。彼は静かに、その答えを待った。
「…………わからない」
銀の睫毛を伏せ、呟く。イズムの目が微かに据わった。
それは、森で目覚めたばかりのときに発した言葉と同じもの。しかしその声に、あの時のような弱々しさはなかった。
「そういう気持ちも、どこかであるのかもしれない。でも……」
ゆっくりと顔を上げ、瞼を開く。
――――向けられたのは、曇りのない、真っ直ぐな金の眼差しだった。
「守りたい気持ちは嘘じゃない」
凛とした声音に、辺りを流れる時間が止まった。本当に今の声は、彼女のものなのだろうか。それは初めて聞く、彼女の強く迷いのない声色だった。
「……そう、ですか」
吐息と共に吐き出されたそれに対する返答からは、相変わらず真意が汲み取れない。
「すみません。少し、意地の悪い質問でしたね」
しかし彼は謝ると困ったように笑った。そして、微かに俯く。
「……人間の感情が一色なわけ、ないですよね」
「え、今何て……」
「いいえ、何でもありません。僕も変なことを訊いてすみませんでした。忘れてください。……魔法ってやる気が大事ですから、そういうことですよ」
「ああ、なるほど! やる気ならあるよ、大丈夫!」
笑顔でぐっと両手を握るリセに、言いようのない苦い感情が滲んだ。何はどうあれ、了承したのならすることは一つだ。イズムはランプを持つと、宿の扉に向かって歩き出す。
「外に出ましょうか。中だと失敗した時危ないですから」
「はーい」
振り返ってそう促すと、リセもその後に続いた。