Story.7 星宿の地図

 食事が終わった後、リセは片づけをする彼の後姿に声をかけた。
「イズム君! 洗うの手伝おうか?」
「え、あ、リセさん……」
 イズムは不意に声をかけられたことに驚いたのか、微かに目を見開く。しかし、すぐに愛想のいい微笑を浮かべた。
「すみません、ちょっと考え事をしていて……何か?」
「何かっていうほどでもないんだけど、手伝うこと、あるかなーって……」
「いえ、大丈夫ですよ、すぐ終わりますから」
「そう?」
「はい、ありがとうございます」
 確かに彼の手元を見てみると、汚れた食器はもうほとんど残っていなかった。これくらいであれば、下手に二人でやるよりは一人の方が早いだろう。
「……えっと」
 しかしリセは彼の傍から離れようとしない。
「進路がどうなるかはまだ分からないですけど、どちらにせよ明日もたくさん歩くでしょうし、リセさんは休んでいてください」
「う……ん」
 そう言ったものの、リセは未だに浮かない顔のままであった。理由は分からないが彼女の表情が憂いを帯びたままというのも居心地が悪いので、会話を続けつつもその色を変える。
「何かあったら、ハールに手伝わせますから」
 その効果はあったようで、俯いていた彼女はぱっと顔を上げた。
「前も別の人が同じようなコト言ってたんだよ、ハールに手伝わせるって」
「ハールはどこでもそういう扱いなんですね」
「そういう冗談言える仲って、いいよね」
 リセは口元に手を寄せ、小さく笑った。
「みんなハールのこと好きなんだね」
「……え、そのみんなって、僕も含まれてるんですか?」
「うん!」
「――――……」
 彼女が元気よく頷き、彼が何かを言いかけたその時、二階へ続く階段からフレイアが顔を覗かせた。
「リセー、お風呂入るー?」
「あっ、入るー!」
 リセは振り返り、手を挙げて答える。
「じゃあ先入ってるよ!」
「はーいっ……ってあれ、また一緒なの!?」
 イズムは、友人と他愛のない会話を交わす彼女から目線を外す。
 最後の一皿を洗ってしまおうと手を浸した桶のなかの井戸水は、少しぬるくなっていた。

      †

 大分夜が深まり、剣の手入れを終えたハールがそろそろ寝るかと思い始めていた頃、不意に部屋のドアが鳴った。誰だろうかと内心首を傾げる。同室のイズムは今この部屋にはいないが、彼はわざわざノックなんてしないと思うし、宿の主が来るとは考えにくい。リセかフレイアのどちらかであろうが、訪ねてくる理由も無いように思えた。
「はい?」
「あ、私。リセ」
 やはりリセだったようである。しかし彼女がこの部屋へ足を運ぶ理由は思い当たらない。
「入っていい?」
 返事をするとドアが開き、いつもの服装のリセが立っていた。まだ寝ないのだろうか。彼女は部屋の中を見回すと、彼に言った。
「ハール、イズム君……何処にいるか知らない?」
「イズム?」
 意外な言葉が発せられた事に驚き、彼に何か用だろうかと考えながら答える。
「……あいつなら、多分一階にいるんじゃねぇかな」
「そっか、ありがと。……あとね、もしよかったら今夜の間――――」
「え? まぁ、貸すのは構わねぇけど……」
「ありがとう」
 ハールは机の上に置きっぱなしにしてあったものをリセに渡す。彼女はそれを丸めて右手に持ち、おやすみなさーい、と一言残すと静かにドアを閉めた。
「……?」
 頭上に疑問符を浮かべ、首を傾げる。リセが貸して欲しいと言ったものとイズムがどう関係あるのだろうか。
「…………寝るか」
 考えても仕方がない。いくら旅路を共にしているとはいえ、彼女には彼女の時間が、自分の知らない部分があるのは当然のことだ。
(……誰だってそんなもんだろ)
 そう心のなかで呟き、机上のランプに手を伸ばす。そして、黒々とした影を躍らせる橙黄色の光を消した。
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