Story.7 星宿の地図

 ハールが出て行って間もなく、開け放したままの戸口に人影。
「女将さん!?」
 足を縺れさせ、ほとんど崩れ落ちるようにして部屋へ飛び込んできた老婆をリセが慌てて支える。
「大丈夫ですか!?」
「魔物が、あたしは、何にも……っ、ただ、あの子たちが……」
 息も絶え絶えに言うと息を深く吸い込み、細く長く吐いた。フレイアがゆっくりとその丸まった背を撫でる。
「二人なら、多分大丈夫ですから」
 彼女はそれを数回繰り返し老婆が若干落ち着いてきたことを確認すると、窓まで歩いていき、蒼い光が漏れる方向に目を向けた。
「大丈夫ですよ。……全くもって」
 窓越しに小さく見えたのは、鮮やかに翻る鋭い銀の光。
「……わぁ」
 無駄な動きの一切無い、幾重もの蒼い光の帯。
「ヤバかったら呼ぶって言われたけどさー……」
 それを見つめながら、苦笑するフレイア。
「アタシのでる幕ナイですよね?」
 イズムの魔力によって具現化された蒼い光の帯が、魔物の脚を捕えた。するとその隙に銀刀が縛された脚の主の躯を滑り紅く染める。――――淡々と続くその行為は、もはや『作業』と呼んでも差し支えないだろう。声はおろか、目配せといった類の合図すらないように見受けられた。
 そしてまた一頭を片付けた――直後、左右から跳躍。殺意に染まった双牙がハールの斜め上両側から降下する。
「速ー……」
 空間が、時が止まったかのような、とは、この感じのことを言うのか、と、弓使いの少女は思う。
 赤が散ったかと思うと、次の瞬間には地に伏していた。自らが絶命する、という直前の感覚すら覚えないまま逝っただろう。
 勿論イズムも補助に徹しているばかりでは無く、帯で魔物を抑止しつつも、暇さえあれば光球で応戦する。また、『防御魔法』というのだろうか、光の壁を創り、不意を衝いてきた魔物も抑えていた。 
「……あれ、嘘じゃなかったんだねぇ」
 “あれ”とは、イズムが同行した初日にハールについて言及したことだろう。
「ハール君何であんなに剣できるんだろうねー。何か使い方が、狩人っぽくない……ような」
 老女を椅子に座らせ、隣に歩み寄ってきたリセ。彼女はどういうことかと訊くようにフレイアへ顔を向けた。
「何か、根本が違う気がする……相手の想定が、その辺の魔物だけじゃないような感じ。別に詳しくないから、ただの感想だけど」
 リセは窓の外へと視線を遣った。少し離れた場所で、銀と蒼が閃いている。
「イズム君もあれだけ戦えるなら、正直狩人やらないの勿体ないなー。まぁ危険が伴うしねー」
 暫くの間。リセから言葉が返ってこない。
「とにかく、すごいよねーって話っ」
 少し殺伐とした話をしてしまったかと、笑みを作ってそちらを向く。するとそこには、唇を引き結んだ横顔があった。
「……うん」
 隣に佇む少女は、未だに窓の外を見つめていた。まるで、何かを見逃さないようにしているかのごとく、微かな緊張を孕んだ表情で。そして予想外の真剣な声に、フレイアは思わず目を丸くする。
「すごい、ね」
 その呟きはフレイアに向けられていたのか、自分に向けられていたのか、或いは、他の誰かなのか。
 金の瞳には、蒼い光が揺れていた。
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