Story.7 星宿の地図

 ――そうして午前中からほぼ歩き通し、越えるべき山の前まで到着したのだった。しかし既に日が傾きかけているため、今日は麓の宿に泊まることにして山へ足を踏み入れるのは明日にしようということになった。
 の、だが――――そこで冒頭の台詞である。
「あの、何故通れないんでしょうか……?」
 逸速く凍結の溶けたイズムが理由を尋ねる。此処まで来て引き返すなど冗談ではない。一日かけて歩いてきた苦労が無駄になってしまう。
「あんたら知らなかったのかい?」
 彼女はやや同情するような目付きで一同を見遣った。
「三月ぐらい前だったか、突然、山に恐ろしく強い魔物が出てねぇ……」
「魔物……ですか」
「そう、詳しいことは分からないがね。それだけでも十分迷惑なのに、その魔物に恐れをなした狩人達が山に行かなくなって他の魔物まで増え始めたんだ。前までは今より少なかったんだけど、狩る者がいなくなってね……お陰で客も来ないし、いつ魔物が麓まで下りてくるようになるかと思うと、おっかなくて夜も眠れないよ……」
 老婆はそう言って眉を顰めた。狩人ですら怯える程の魔物である。まして武器を持たない一般人となれば尚更だろう。  
「ま、とりあえず今晩は泊まっておいきよ。引き返すにしても、今からじゃ無理でしょうよ」
 それももっともだ。進路に関しては想定外であったが、それに拘らずここに泊まるということ自体は決定事項である。
「はいよ、毎度あり。部屋は二階ね。今日は他に誰も泊まってないから好きに使いな」
 本来はアリエタへ向かう者や東部に出入りする者で繁盛しているのかもしれないが、確かに人気はない。静かな宿屋は、綺麗に掃除されているゆえ余計に物寂しさを感じさせた。
「それじゃあたしは夕飯でも作るかね」
 老婆は人数分の代金を受け取ったことを確認すると、それを引き出しにしまう。前掛けを結び直しカウンターを出ようとした彼女に、イズムは声をかけた。
「あ、お手伝いしてもいいですか?」
「最近は客が少ないから、宿代はまけられないよ」
 無感動な視線を投げられ、彼は少し苦笑する。
「作るのが好きなだけですよ」
「……じゃあとりあえず、一緒に外へ野菜を取りに行ってもらおうかね」
「私達も何か……」
「いつも一人でやってるんだから、二人で十分過ぎる程だよ」
「皆さんは明日の進路決めをよろしくお願いします」
 イズムは老婆の後に着いて出入り口に向かい、振り返って言う。扉の隙間から夕暮れの色が見え二人がその向こうに消えると、軋みと共に扉が閉まった。
「一人……」
 足音が聞こえなくなると、リセがぽつりと呟く。
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