Story.1 白の狂気
「――本当ですか!?」
思考は思ったよりずっと――否、“あり得ないほど”早く彼女が今一番欲しかったであろうその言葉へ行き着いた。
「心当たりはある、けど――」
彼はそこで口を噤む。そのまま言葉を続けるにはあまりに引っかかりがあった。こんな偶然が、あるものだろうか。記憶喪失の少女が、森で倒れていた。そして、まるであつらえたかのように、その森の中に『心当たり』の者たちが住んでいる。『偶然』にしては、出来すぎていないだろうか。仕組まれた偶然は、もはやそれではない。まさか、この状況は――
「――……」
だが、今は自分の思い過ごしかもしれないことをいつまでも考えている場合ではない。まず、たとえそうだったとしても否であったとしても、できる行動は一つだった。ここまで関わったら、もう少しだけ関わっておくことにする。――改めて、視線を合わせて。
「一緒に行く?」
「え……っ」
子兎のように小さく跳ねる白い肩。一瞬、彼女の瞳に影が過ぎった。躊躇うように目を逸らす。信を置かれている反応ではないが、当然だと彼は思う。出会って間もない人間に行動をともにして欲しいと言われても、苦慮するに決まっている。彼女は逸らした視線を手元に遣ったり、また彼に向けようとしてやめたりといったことを少しの間繰り返していた。
「……っ」
が、突然顔を上げた。月の瞳はまっすぐに彼を見つめ、ぎゅっと引き結んでいた唇を開くと息を吸う。そして、
「――信じていいですかっ!」
「え、」
――無論、信用してくれそうだということに対しての驚きではない。していいかと是非を問われるとはまったく予想していなかったがゆえにである。
「えっ、ダメですか……!」
「あ、いや、駄目じゃない……」
こちらの驚きに、驚きの反応で返す少女。慌てて訂正しつつ「まさかそんな返答をされるとは思わなかった」という言葉を飲み込む。……少し、変わった子だ。信用に値するか否かを本人に訊くとは、何とも本末転倒である。口先だけなら胸中がどうであろうといくらでも取り繕えるではないか。彼女なりに疑い悩んでいたようだが、これでは意味がない。
(なんか調子狂う……)
考えていると、ふいに白い手が彼の手を取った。
「よかったぁ……! よろしく、お願いします」
視線を上げれば、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。心からの純粋な笑みだと、一目でわかった。
――そしてその笑顔ひとつで、彼女の性格の大部分を垣間見たような気がした。
(……気がするだけだろうな)
考えを打ち切ると、立ち上がれるか訊く。白い少女はゆっくりと立ち上がった。そして、小首を傾げて薄桃の唇を開く。
「名前……教えてくれますか……?」
笑みに細まる金の瞳。傾げたせいで不思議な銀の髪が陽光に煌めき、二色の光が揺れる。そういえば、まだ名乗っていなかった。今更気付き、内心で苦笑する。 普通は一番先にしておくべきことだろうに。
「オレは――」
自分の名前を人に教えるなど久し振りすぎて、思い至らなかった。
「ハール・フィリックス」
思考は思ったよりずっと――否、“あり得ないほど”早く彼女が今一番欲しかったであろうその言葉へ行き着いた。
「心当たりはある、けど――」
彼はそこで口を噤む。そのまま言葉を続けるにはあまりに引っかかりがあった。こんな偶然が、あるものだろうか。記憶喪失の少女が、森で倒れていた。そして、まるであつらえたかのように、その森の中に『心当たり』の者たちが住んでいる。『偶然』にしては、出来すぎていないだろうか。仕組まれた偶然は、もはやそれではない。まさか、この状況は――
「――……」
だが、今は自分の思い過ごしかもしれないことをいつまでも考えている場合ではない。まず、たとえそうだったとしても否であったとしても、できる行動は一つだった。ここまで関わったら、もう少しだけ関わっておくことにする。――改めて、視線を合わせて。
「一緒に行く?」
「え……っ」
子兎のように小さく跳ねる白い肩。一瞬、彼女の瞳に影が過ぎった。躊躇うように目を逸らす。信を置かれている反応ではないが、当然だと彼は思う。出会って間もない人間に行動をともにして欲しいと言われても、苦慮するに決まっている。彼女は逸らした視線を手元に遣ったり、また彼に向けようとしてやめたりといったことを少しの間繰り返していた。
「……っ」
が、突然顔を上げた。月の瞳はまっすぐに彼を見つめ、ぎゅっと引き結んでいた唇を開くと息を吸う。そして、
「――信じていいですかっ!」
「え、」
――無論、信用してくれそうだということに対しての驚きではない。していいかと是非を問われるとはまったく予想していなかったがゆえにである。
「えっ、ダメですか……!」
「あ、いや、駄目じゃない……」
こちらの驚きに、驚きの反応で返す少女。慌てて訂正しつつ「まさかそんな返答をされるとは思わなかった」という言葉を飲み込む。……少し、変わった子だ。信用に値するか否かを本人に訊くとは、何とも本末転倒である。口先だけなら胸中がどうであろうといくらでも取り繕えるではないか。彼女なりに疑い悩んでいたようだが、これでは意味がない。
(なんか調子狂う……)
考えていると、ふいに白い手が彼の手を取った。
「よかったぁ……! よろしく、お願いします」
視線を上げれば、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。心からの純粋な笑みだと、一目でわかった。
――そしてその笑顔ひとつで、彼女の性格の大部分を垣間見たような気がした。
(……気がするだけだろうな)
考えを打ち切ると、立ち上がれるか訊く。白い少女はゆっくりと立ち上がった。そして、小首を傾げて薄桃の唇を開く。
「名前……教えてくれますか……?」
笑みに細まる金の瞳。傾げたせいで不思議な銀の髪が陽光に煌めき、二色の光が揺れる。そういえば、まだ名乗っていなかった。今更気付き、内心で苦笑する。 普通は一番先にしておくべきことだろうに。
「オレは――」
自分の名前を人に教えるなど久し振りすぎて、思い至らなかった。
「ハール・フィリックス」