Story.6 月下の賭け

      †

 ――――身体の上からシーツが落ちる感覚で目が覚めた。
 寝返りを打った際に落ちてしまったらしいことを、リセは眠気で朦朧とする頭で悟る。薄ら寒さに身を起こせば、自分とフレイアの間で寝ていたキヨの姿がなかった。店で出す料理の仕込みでもしているのだろうか。
 窓の外を見ると、空は未だ暗かった。ほのかに瑠璃が黒に差す程度の時間で、星が輝いているのが見える。夜明け前だった。あと少し寝ていられるだろう。彼女は静かに身を横たえた。
「――……イズム君だから、か」
 シーツを引っ張り上げて再び身を覆い、呟く。自身にはそう言われるほどの何かがあるだろうか。ここにいる自分が、自分である所以が。それにしてはあまりにも、『リセ』としてこの世に存在している時間が短すぎる。
「……私は、誰なんだろう」
 自分は、過去のリセではない。なら、ここにいるリセは一体――――
 その思考はほんの一瞬のことで、意識は再び深い眠りへと溶けていった。普段表立つことはないが、微睡に揺れていたからこそ自然と表層に現れた本音だったのかもしれない。
 睡に沈みゆく感覚のなか、扉の外で、誰かが話している声が聞こえたような気がした。

      †

 翌朝。昨日まで雨に叩かれていた窓はうって変わって明るく、その冷たい雫の変わりに降り注ぐ陽光を透かし、朝の光をリセ達がいる部屋へと導いていた。
「リセー、朝から贅沢しちゃったねー」
「ねー! 美味しいモノ食べられるってしあわせだね……」
 そんな中、二人は今朝の朝食の話に花を咲かせている。普段食べる機会の多い保存食とは比べ物にならない。ちなみにメニューは、パンとポタージュという質素なものだったが、何せイズムが作ったものである。
「こんなに美味しい料理、もう食べられないと思うと、ちょっとさみしいなぁ……」
 柄にも無く、少し眉尻を下げてフレイアは言った。よほど残念なのだろうか。それに、リセは、はて、と首を傾げる。
「また今度来た時に作ってもらえばいいじゃない?」
「あっ、そうだよ……ね」
 あはは、と笑うフレイア。そして、そうだよねー、今から楽しみだなー、と続けた。リセは彼女の様子に何処か違和感を覚えながらも、さして気には留めなかった。
「そろそろ出るぞ」
 座っていたハールが立ち上がり、椅子を引いた。リセとフレイアもそれに続く。が、その二人に声を掛けたというよりも、何となく、二階へと続く階段の方に向けられていたような気がした。
 そして――――……。
「“忘れ物”ですよ? ハール」
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