Story.6 月下の賭け

      †

 ――ハールは、夜空の下にいた。頭上を仰げば、沢山の細かい硝子の破片を撒き散らしたかような星達が瞬いている。
 店の前に出た彼は、何かを思っているのか、否なのか判別のつかない無表情で、ただそれらを見つめていた。
「……ハール」
 ――ふいに、自分を呼ぶ声がした。振り返ると、イズムが二階のベランダの縁に肘を付き、自分を見下ろしていた。風呂から上がったばかりなのか、その黒髪は、微かに濡れている。
「……どうしたんですか?」
 要領を得ない、だが、様々な意味が込められているであろうその質問。
「……別に。風に当たりたかっただけ」
「……そういう意味じゃありません。わざと言いましたね?」
 その質問に、敢えて的を外した答えを返す。それは、自分と相手の思っていることが同一のものかどうかを、確かめる意味があった。そして、彼もそれは分かっていたようで。どうやら、思っていたことは同じだったらしい。
 その質問が問うているのは、『どうしてハールが外にいるのか』ではなく、『どうしてハールが“此処”にいるのか』、だった。それはどうせこれから話そうとしていることである。イズムもそれを踏まえての質問だったに違いない。自ら話を切り出す手間が省けた。
「どういう風の吹き回しです? 可愛らしい女性を二人も連れて、突然訪ねてくるなんて」
「……何つーか、色々あった」
 此方の方が、正しい返答。ずっと向き合って話すのも何となく気まずいので、先程空を見上げていた時のように、彼に背を向ける。そうして、銀髪の少女と出逢ってからの出来事を、淡々と告げていった。背を向けていたため彼の表情は窺えなかったが、何となくそれを聞いている表情には、いつのも柔らかい微笑がないことは感じ取れた。
 話が終わっても、お互いすぐには言葉を発しようとしなかった。皓々と輝く月が、流れる静寂に月影を落とす。
「……リセさん、でしたね」
 まるで空白の時間が嘘だったかのよう。たった今までしていた会話の返事をするように、イズムは言葉を紡いだ。
「ハール、もしまた彼女が暴走したら、貴男、自分の身を守れますか?」
 しかし、その言葉が問うものを、ハールは測りかねる。
「え? そりゃ、まぁ……」
 真意が分からず、その口から出てきたのは大して意味も無い、曖昧な相槌だった。
 その反応に、イズムは微かに眉を顰める。
「……意味が、解っていないようですね。……もう少し、噛み砕いて言いましょうか?」
 その声は、柔和さのカケラも無い、冷たく硬質な響き。
 月明かりが照らす端整な横顔には、何の感情も浮かんではいなかった。
 ……もしくはその奥に、強く色付いた何かを隠していたか――――

「暴走した彼女に、刄を向ける事を躊躇いませんか」

「な…………ッ!?」
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