Story.6 月下の賭け

 今彼女は寝間着の白いワンピースを着ているが、あの黒い衣服でイズムの元へと小走りで向かうときのその袂は、ぱたぱたと揺れる翼のように見えなくもない。
「本も、イズムさまがくれました。文字もお料理も、ぜんぶイズムさまが教えてくれました」
 キヨは目を開けると机の横に置かれた本棚を見遣る。そのなかには沢山の本が収まっていた。書架を見ると持ち主の人物像が垣間見られると言うが、小さな子供が読むような絵本から図鑑、詩集、流行りの小説まで様々な種類が並べられており、一見すると部屋の主の年齢が分からない。幼子から年頃の少女までの年月が、同時に小さな書棚のなかに流れているような気がした。
「イズムさまが助けてくれなかったら、キヨは死んでました。だからキヨは一度死んだのと同じです」
 キヨは微笑むと身を起こし、フレイアの方へ顔を向けた。
「……えぇと、だからキヨは、キヨがイズムさまの仕え魔でいたいから、イズムさまの仕え魔なんです。前は死にそうだったからだけど、今は、そういうことです」
 そして、答えになってましたか、と首を傾げた。フレイアは頷く。話の内容は色々な方向に飛びがちではあったが、十分すぎるほどに伝わった。
「……何でそんなにイズム君が好きなの?」
 質問をしてから今更何を訊いているのかと自分自身思ったのか、一瞬驚いた表情をするフレイア。
「イズムさまだからです!」
 そしてそれとほぼ同時にキヨは即答した。
「……いいな、そういうの」
 リセはフレイアの声色に微かな揺れを感じ、そちらに目を向ける。しかし彼女にはいつもの快活な笑みが浮かんでいるだけだった。
「……キヨ知ってます。あのときイズムさまが倒れていたキヨを一度通り過ぎて行ったこと。でも、戻ってきてくれたんです。イズムさまは、お優しい方です」
 そう言ってキヨは再びベッドに身を横たえた。
 キヨがイズムを心から慕っているのは勿論、その逆も然りなのは明白だった。不思議な関係だ。友人とも恋人とも、おそらく家族や単なる主従とも違う。名前のない関係とも呼ぶべきか。本人たちにしか解らないような、本人すら解っていないのか。寧ろ、“解る必要すらない”のだろう。
「キヨがこのこと知ってるの、イズムさまには秘密ですよ」
 キヨはまるで面白い計画を思いついた子供のような、楽しくて仕方がないという笑みで人差し指を唇に当てた。
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