Story.6 月下の賭け


      †

「ねぇねぇ、キヨは仕え魔なんだよね?」
「そうですよー」
 ――――夜。フレイアはキヨのベッドの端に座り、その隣でごろんと寝転ぶ彼女に言った。彼女を挟んで反対側にはリセがうつ伏せに寝、両肘を立てて頬杖をついている。就寝前の歓談というやつだ。
「仕えるって、普段何してるの? 炊事洗濯とか?」
「うーん……それらしいことはしたことないです」
「え、一度も?」
「一度も。家事は当番制ですし、お店の仕事も二人で分担してますし、重いものはいつも持ってくれますし」
 仕え魔に一人部屋というのも、もしかすると珍しいのかもしれない。一般的に仕え魔がどの程度の待遇をされるものなのか二人には分からないが、彼女はそのなかでも相当人間に近く――否、同等に扱われている部類なのだろうと知れた。
「優しいイズムさまは好きですけど、たまには命令してほしいです」
 キヨは腕を持ち上げると、枕を取って抱え込んだ。従者としては贅沢な悩みだ。
 しかしこのような平穏な日々を送っているならば、わざわざ何かをさせる必要がないのも頷ける。狩人として魔物と戦うことでもあれば、主人の魔法の効果の増幅ということも含めその補助役も務まるのだろうが。
「どういう経緯で仕え魔になったの? やっぱり魔法の関係?」
「いえいえ、イズムさまは仕え魔の補強なんか要らないですよー」
 当の仕え魔が言うのだから、事実なのだろう。先刻のハールの発言も併せ、かなりの魔力と技術を有する魔導士らしい。彼女は枕を腹の上に乗せながら言葉を続けた。
「キヨが死にそうだったからです」
 事も無げに言う彼女に、二人は目を見開く。
「仕え魔になると生命力も強くなりますから、イズムさまはキヨを生かすために仕え魔にしたんです」
 普段は人間に限りなく近くあるものの、根本的な考え方はやはり違うのか、その語調からは人間よりも生死を当然のものとして受け入れているように感じられた。
「キヨどこに行っても出てけってされて、いつも追い回されてたんですけど、その時はいつもよりいっぱい引っ掻かれたり突っつかれちゃって。もう痛くて痛くて動けなくって。これは死んじゃうなーって思ったんです」
 まるで、転んで擦りむいてしまいましたーとでも言っているような口調で話す。
 カラス達は縄張り意識が強く、外部者が自らの領地へ足を踏み入れるのを嫌い、仲間と共にそれを即刻追い出そうとする。キヨはどこの仲間にも入れてもらえず、何処かに逃げれば其所を追われ、逃げた場所でも追い出される……ということがずっと繰り返されたそうだ。カラスは知能が高く、それ故に彼らの社会でもいじめがあるらしい。
 ――そして、黒のなかの小さな白は、その対象だった。
「ひどい……」
 呟くリセ。しかしキヨはただ、抱えた枕をぽんぽんと叩く。
「うーん、でも当然だと思います。人間とか魔族とかじゃない動物や魔物のなかでは、弱い者は死んでも仕方ないです」
 そう言い、キヨは苦笑した。
「何で痛いことされるのかなぁってずっと思ってたんですけど、ここに連れてきてもらって鏡を見て初めて気付きました。これは殺されてもしょうがないなあって思いました」
「私、キヨの気も知らずに『キレイ』なんて……」
「リセさんはキヨを誉めてくれただけです。だからリセさんは、なにも気に病む必要はないです」
 キヨは、まるで瞼の奥にあるものを見ようとするようにゆっくりと目を閉じる。
「……あの服、昔イズムさまが買ってくれたんですよ。キヨがこれがいいって言ったから。長い袖がひらひらして翼みたいだなぁって。キヨがもってなかった黒い翼」
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