Story.6 月下の賭け

 ――『仕え魔』とは、魔導士が動物や魔獣などに自ら魔法で力を与え、眷属とした生物である。因みに『魔獣』というのは、動物の中でも魔力の高い種族のことを言う。人間で言うところの魔族のようなものだ。
 仕え魔となった生物は、本来の獣の姿と、人間の姿、人間の姿に本来の姿を交えた姿、という身体上の変化ができるようなり、人間の姿になった際には主人の外見的特徴を受け継ぐ。イズムとキヨでいうと黒い髪だろう。またその生命力も普通の獣に比べれば格段に高くなる。
 仕え魔が有する魔力は、主人である魔導士の魔力のおよそ三分の一程度であり、主人の魔力が高ければ高い程、魔法の面では優秀な仕え魔になるということになる。
 仕え魔をつくる利点はというと、主人の側に彼らがいれば、その魔導士の魔法の威力が増幅するというところにある。
 勿論、主人にも様々な人間がおり、イズムのように仕え魔を家族同然に扱う者もいれば、ただの魔力を増幅させる為の道具としか見ていない者もいるというのが現状である。
「……大まかに話すと、こんなところでしょうか」
「なるほど……ってコトはキヨも、何かの動物なんだよね?」
 そう訊けばキヨはちょこんと首を傾げ、笑った。
「はい、キヨも本当は動物です。……見ます?」
「いいの?」
「いいですよー」
 言うとキヨは静かに瞼を閉じる。すると身体が柔らかく灯る蒼に包まれ、その中心に浮かぶキヨの影は段々と小さくなっていく。光は徐々に収まっていき、やがて幾ばくかの輝きを残して消えた。その光の消失点から、数枚、はらはらと皓白の羽根が宙を舞い、音も無く床に落ちる。
「……――鳥、さん?」
 人型のキヨが先程までいた場所に羽ばたく一羽の真っ白な鳥は、肯定するように一瞬瞬きをし、すぃーっとリセを横切るとイズムの腕に止まった。好機だと言わんとばかりに、白い鳥は彼の手に頬を擦り寄せる。
「わー、真っ白だねー! 何の鳥かなぁ?」
 フレイアは「可愛いーっ」と声を上げ、キヨの元へと駆け寄る。
「あ、目は赤なんだ、それはさっきと一緒だね」
 鳥の姿になったキヨは、こくこくと頷く。
「キヨはカラスなんですよね」
 彼女たちへの説明なのであろうが、まるでキヨに話しかけるように――そうであることを改めて肯定してやるように言うイズム。彼は毛艶の良い羽をその声色と同じくらい優しく撫で、キヨは赤い瞳を気持ち良さそうに細めた。
「白いカラスなんているんだ……」
 リセは目線をイズムの腕に止まっているキヨと同じ高さにし、彼女の瞳を覗き込んだ。キヨはまた頷く。
「まあ……そんなこともありますよね」
 そう言い、イズムは戯れついてくるキヨの喉元を撫でてやる。彼の指が触れる羽毛に包まれた首には人型の時にしていたチョーカーがそのままあった。もしかすると首輪のようなチョーカーではなく、本当に首輪なのかもしれない。彼女の正体を考えれば、それも納得がいく。野性の鳥と思われれば、その珍しさゆえ生け捕りにされかねない。
「そうなんだ……! とってもキレイだね」
 リセは満面の笑みキヨに向ける。一点の汚れもなく輝く粋白の羽と紅玉を思わせる深い色の瞳はどこか儚く、幻想的なまでに美しい。キヨはその言葉に、まるで不思議なものを前にしたかのように瞬きをするだけであった。
「…………」
 キヨは少し頭を上げイズムを見上げると、何かを訴えるような眼差しを送った。勿論今の姿では言葉を交せないのだが、イズムはそれでも、彼女が言いたいことを理解したようだった。
「いいですよ、戻って」
 言った途端、嬉しそうに目を瞬かせる。どうやら彼女の伝えたいことは当たっていたらしい。キヨは微かに頷くと、彼の腕から小さな羽音を立てて舞い降りる。
 先程と同じ光がキヨの身体を包み、今度は逆に、蒼い光に揺らめく彼女の影は大きくなっていく。
 そしてそれはやがて、人の形へと変化した。
「……ふぅ、久しぶりに向こうの姿になりましたー」
 人間の形に戻ったキヨは、纏った衣服と髪を手で軽く整える。
「――そういえば、キヨはイズムさまにタルトを持ってくるよう頼まれていたのでした! キヨ、今持ってきますね!」
 彼女は今さっきの変化が嘘だったかのように、何の変哲も無い少女の姿でぱたぱたと厨房へ消えていった。
 その後ろ姿を見送りながら、座ってやり取りを眺めていたハール以外の面々も椅子に腰を下ろした。
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