Story.6 月下の賭け

 何の屈託もなくそう笑うキヨ。だが先程からの一連の会話には、さすがにリセとフレイアのスプーンを運ぶ手も止まる。何と言うか――――
(主に片方が……)
(フレイア、愛情表現が激しいお家だね……)
(しっ! 変な言い方しないでよリセ!)
 こそこそと話をする二人をよそに、ハールはもういつものことだと言わんばかりに紅茶を飲み干しているし、当のイズムですら、さも普通の会話だという風に「そうですね」などと返している。
 フレイアは今まで口にこそしなかったが、ずっと気になっていた質問を、そっとハールにする。
「えーと……お二人はー、そのー……?」
 だが、何と言えばいいのか分からず、中身の無い問い掛けになってしまう。それでもハールは察してくれたらしく返答をした。
「いや、あいつらはそういう関係じゃなくて……どっちかっつーと、妹みたいに思ってんじゃねぇの。っていうか、子供……? 家族って言うか……」
「今キヨのこと子供って言いましたね!?」
 キヨは、ハールの言葉に瞬時に反応し、きっと睨み付ける。全然恐くなどなかったが。
「キヨはお子様じゃありませんっ! ハールさんはキヨが子供扱いされるのを嫌いだと知っていて、そういうコトを言います! 意地悪です! キヨは意地悪する人“も”嫌いです!」
「あ、ブロッコリー嫌いだって認めましたね」
「いやそういう意味の子供じゃ……ったく、そーやってムキになるトコがお子様なんだっつの」
 なら先刻の明らかに意地悪としか思えないイズムの言動は一体何に分類されると言うのか。恐らく、彼になら何をされても好きなことには変わりないのだろうが。
「むー……、イズムさまー!」
 それを証明するかのように、今さっき涙目にさせられた相手に今度は泣き付く。
「まったく……ハール、あんまりキヨをいじめないでくださいね?」
 わざとらしく溜め息をついて、彼に非難の視線を向けるイズム。
「さっきキヨをからかって遊んでたのはどこのどいつだったかな!?」
「……えぇと、結局二人は兄妹?」
 リセはそう言い、小さく傾げてキヨに目を向ける。違うとは思っていながらも、それ以外に関係が思いつかなかった。
「ん? 違いますよー」
 何故かそこで妙に自慢気な様子で胸を張るキヨ。
「キヨは、イズムさまにお仕えしているのです!」
「え?」
 そう『仕える』とは言われたものの、どこをどう見ても、明らかに彼女は貴族の屋敷なんかに居る使用人やらメイドやらとは雰囲気が違うと思うし、仕えているということはイズムが主人なのであろうが、彼もそういった素振りは全く見せない。
 色々と思考を巡らせたが、結局のところ答えは導き出せず、リセはイズムへと視線を送った。
「……キヨは、僕の『仕え魔』なんですよ」
「ふお?」
 リセは彼が発した単語の意味が分からず、未だ答えに辿り着けない。だが、フレイアは彼の簡潔な補足に、手をぽんっと打ち、納得したようだった。そして、「ハール君、教えてくれれば良かったのに……」と口を尖らせる。
「そっか、『仕え魔』だったのかぁ。だから様付けだったんだねー……っていうか、それじゃイズム君って魔導士なんだ?」
「ええ。僕は呼び捨てで構わないって何度も言ったんですけど、一向に聞いてくれなくて……それに魔導士だなんて言っても、大したことは出来ませんよ」
「何謙遜してんだか……」
 ハールが半眼でイズムを見上げると、彼は一瞬考え、
「……まぁ貴男よりは、それなりに」
 反論はせず、黙り込むハール。
「……すみません、『仕え魔』って、何?」
 他の者たちで話が進んでいくなか訊くタイミングを微妙に逃してしまい、今更なので申し訳なさそうに小さく挙手するリセ。いくら記憶を失っているとはいえこう何度も同じようなことがあると、自分はこんなにも無知だったのかと少し気が重い。
「……イズム君、教えてもらっていい?」
 少し淋しげに笑う彼女に気付いているのかいないのか、イズムは表情を変えずに言う。
「いいですよ。まず、『仕え魔』というのはですね……」
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