Story.6 月下の賭け
たった今目の前に置かれた皿には、柔らかく湯気が揺れるスープがあった。具材は恐らくヒヨコ豆であろう。
温かそうな料理に、思わず笑みが零れるリセとフレイア。雨で冷えた身体には、何とも嬉しい。紅茶で大分温まったものの、やはりそれとはまた別格である。
「えと、じゃあ……遠慮なく、いただきますっ」
「いただきまーす」
彼を見上げて手を合わせるリセと、嬉しそうに同じくするフレイア。
「悪いな」
「ハールには言ってませんけど」
「お前はまたそうやって……」
そう言いつつも、きちんとハールの分も置かれている辺り、「お前の方がよっぽど素直じゃない」と言いたくなるが、自分は彼に口論で勝負を挑むほど身の程知らずではないので黙っていることにする。そして反論したい気持ちを押さ込むようにスプーンを口へ運ぶ。
これだけは認めざるを得ないな、と毎度思うくらいそれは――
「「おいしいっ!」」
リセとフレイアの声が揃う。けして高級志向ではなく素朴な味ではあったが、食材が互いを引きたて合い、素材を活かすとはこういったことを言うのかと感嘆した。シンプルで余分な味がしない分、豆の豊かな香りが際立っている。
食べる手を止め、フレイアは目を輝かせてイズムを見上げた。
「えっ、すごい美味しい! 何入れてるの?」
「ヒヨコ豆と、溶けちゃってますけど玉葱、オリーブオイル……アーモンドミルクも少し」
「特別なモノ入れてないの?」
「特にないと思いますよ。あとは、フェンネルとかタイムとかハーブを何種類か試してみて、そのなかで一番合っていると思ったものを」
「すごいなー……」
これ程の実力であれば、もっと店を大きくして、通りに出店しても十分にやっていけそうだと思う。このまま裏通りの小さな店として営業していくのは、少し勿体ないという気さえ起こるのだが。
「まだおかわりありますから、遠慮無く仰ってくださいね」
「ありがとー、アタシもこんな風に作れたらいいなぁー……」
フレイアは羨ましそうに皿の中のものを見つめる。その表情は、どこか切実な雰囲気すら漂わせていた。三人が料理を半分程食べ終わった頃、イズムが未だ外を眺めていたキヨを手招く。
「キヨ、ちょっといいですか?」
「はぁーいっ」
彼女は自身の名を呼ばれた途端、咲き零れるような笑みを惜し気もなく振り撒き、イズムの元へ駆け寄っていった。
「確か林檎のタルトが残っていたと思いますから……出してきて貰えます?」
「はいっ、キヨ林檎のタルト大好きです! きっと、皆さんも好きになってくれますよね」
「そうだといいですね」
「そうに決まってますっ、なぜならイズムさまのお料理はおいしいからです! キヨは毎日イズムさまのお料理を食べてます。そのキヨが言うんですから、間違いないですっ! キヨはイズムさまが作るもの、みんな好きです!」
何万という群衆の前で演説するが如く力説するキヨ。だがイズムは慣れたことなのか特別な色を示すわけでもなく、優しく微笑んだ。だが――――
「そうですか……でも、この前シチューに入っていたブロッコリーと戦ってましたよね。あれは何だったんですか? 僕が作るものなら、みんな好きなんですよね」
声は穏やかだが、それは明らかに“不純物”が混じっている微笑。
「そっ、それは……!」
しまった、とばかりに狼狽えるキヨ。目が泳がせ、イズムと目を合わせようとしない。そんな彼女の心境を分かっている上で、彼は、追い討ちをかけた。
「近々また出しましょうか。ブロッコリー」
にっこりと。それはもう、容赦なく。
「うぇっ!? イ、ズムさまぁ……っ」
「今、確かにみんな好きって言いましたよね。ってコトは、ブロッコリー、好きですよね?」
「それとコレとは話が……っ!」
キヨはあわあわと手を無闇に振り、どうにか近々起こるであろう最悪の事態を回避しようと、必死で言葉を探す。だが、それも無駄に終わった。
そんなキヨの慌て振りにイズムは微笑んだ。今度は不純物は含まれておらず、何処かいたわっているように、優しげな笑みだった。
「キヨには栄養のあるものを食べて貰いたいんですよ。いつも元気でいて欲しいんです」
「イズムさま……」
思わぬ彼の優しい言葉に、目の端に涙を浮かべるキヨ。彼女としては嬉し涙ものなのだろう。
「だから、今度は多目によそっておきますね」
「イ、イズムさま――!」
嬉し涙は、ただの涙に変わった。
そんな二人の様子に、頬杖をつき呆れ顔のハール。
「……お前ら幸せそーだな」
溜め息混じりに吐いた遠回しな皮肉は、勿論キヨには届かなかった。
「はいっ! キヨはイズムさまの傍にいられれば、いつでもしあわせです!」
温かそうな料理に、思わず笑みが零れるリセとフレイア。雨で冷えた身体には、何とも嬉しい。紅茶で大分温まったものの、やはりそれとはまた別格である。
「えと、じゃあ……遠慮なく、いただきますっ」
「いただきまーす」
彼を見上げて手を合わせるリセと、嬉しそうに同じくするフレイア。
「悪いな」
「ハールには言ってませんけど」
「お前はまたそうやって……」
そう言いつつも、きちんとハールの分も置かれている辺り、「お前の方がよっぽど素直じゃない」と言いたくなるが、自分は彼に口論で勝負を挑むほど身の程知らずではないので黙っていることにする。そして反論したい気持ちを押さ込むようにスプーンを口へ運ぶ。
これだけは認めざるを得ないな、と毎度思うくらいそれは――
「「おいしいっ!」」
リセとフレイアの声が揃う。けして高級志向ではなく素朴な味ではあったが、食材が互いを引きたて合い、素材を活かすとはこういったことを言うのかと感嘆した。シンプルで余分な味がしない分、豆の豊かな香りが際立っている。
食べる手を止め、フレイアは目を輝かせてイズムを見上げた。
「えっ、すごい美味しい! 何入れてるの?」
「ヒヨコ豆と、溶けちゃってますけど玉葱、オリーブオイル……アーモンドミルクも少し」
「特別なモノ入れてないの?」
「特にないと思いますよ。あとは、フェンネルとかタイムとかハーブを何種類か試してみて、そのなかで一番合っていると思ったものを」
「すごいなー……」
これ程の実力であれば、もっと店を大きくして、通りに出店しても十分にやっていけそうだと思う。このまま裏通りの小さな店として営業していくのは、少し勿体ないという気さえ起こるのだが。
「まだおかわりありますから、遠慮無く仰ってくださいね」
「ありがとー、アタシもこんな風に作れたらいいなぁー……」
フレイアは羨ましそうに皿の中のものを見つめる。その表情は、どこか切実な雰囲気すら漂わせていた。三人が料理を半分程食べ終わった頃、イズムが未だ外を眺めていたキヨを手招く。
「キヨ、ちょっといいですか?」
「はぁーいっ」
彼女は自身の名を呼ばれた途端、咲き零れるような笑みを惜し気もなく振り撒き、イズムの元へ駆け寄っていった。
「確か林檎のタルトが残っていたと思いますから……出してきて貰えます?」
「はいっ、キヨ林檎のタルト大好きです! きっと、皆さんも好きになってくれますよね」
「そうだといいですね」
「そうに決まってますっ、なぜならイズムさまのお料理はおいしいからです! キヨは毎日イズムさまのお料理を食べてます。そのキヨが言うんですから、間違いないですっ! キヨはイズムさまが作るもの、みんな好きです!」
何万という群衆の前で演説するが如く力説するキヨ。だがイズムは慣れたことなのか特別な色を示すわけでもなく、優しく微笑んだ。だが――――
「そうですか……でも、この前シチューに入っていたブロッコリーと戦ってましたよね。あれは何だったんですか? 僕が作るものなら、みんな好きなんですよね」
声は穏やかだが、それは明らかに“不純物”が混じっている微笑。
「そっ、それは……!」
しまった、とばかりに狼狽えるキヨ。目が泳がせ、イズムと目を合わせようとしない。そんな彼女の心境を分かっている上で、彼は、追い討ちをかけた。
「近々また出しましょうか。ブロッコリー」
にっこりと。それはもう、容赦なく。
「うぇっ!? イ、ズムさまぁ……っ」
「今、確かにみんな好きって言いましたよね。ってコトは、ブロッコリー、好きですよね?」
「それとコレとは話が……っ!」
キヨはあわあわと手を無闇に振り、どうにか近々起こるであろう最悪の事態を回避しようと、必死で言葉を探す。だが、それも無駄に終わった。
そんなキヨの慌て振りにイズムは微笑んだ。今度は不純物は含まれておらず、何処かいたわっているように、優しげな笑みだった。
「キヨには栄養のあるものを食べて貰いたいんですよ。いつも元気でいて欲しいんです」
「イズムさま……」
思わぬ彼の優しい言葉に、目の端に涙を浮かべるキヨ。彼女としては嬉し涙ものなのだろう。
「だから、今度は多目によそっておきますね」
「イ、イズムさま――!」
嬉し涙は、ただの涙に変わった。
そんな二人の様子に、頬杖をつき呆れ顔のハール。
「……お前ら幸せそーだな」
溜め息混じりに吐いた遠回しな皮肉は、勿論キヨには届かなかった。
「はいっ! キヨはイズムさまの傍にいられれば、いつでもしあわせです!」