Story.6 月下の賭け
「ハールどうしよう!? フレイア見つからないよ!」
フレイアとはぐれてから十数分。一旦道を戻って捜したのだが、当の彼女は影も見当たらない。これだけの人間の中ではぐれたのだから無理もないだろう。
だが、このまま雨に叩かれながら当てもなく捜すのはさすがに効率が悪い。まずはこの夕立が止むのを待つべきではないだろうか。
「……オレ達もこんな雨の中ずっと捜してる訳にもいかねぇし、一旦引き上げるか」
「……うん」
リセもそろそろ限界だと感じていたらしく、多少躊躇いつつもそれに同意する。フレイアとどうやって落ち合うかというのは雨が止んでから考えるということで意見が一致すると、二人は再度、ハールの知人の家を目指して走り出した。
暫く走り続け、大通りから数本道を離れて幾かの角を曲がる。すると、通りに並ぶ一軒の小さな家の前でハールは足を止めた。そのままドアの前に立ちノブを捻るが、鍵が掛かっているらしくガチャガチャと音が鳴るだけだった。今度は左手で戸を直接叩く。
「おい、イズム! 居るか!?」
すると数秒してから返事がし、階段を降りてくる音、その後こちらに向かう足音が段々と近くなってくる。そして鍵を開けるカチャッ、という音がして、扉がゆっくりと開いた。
「はいー?」
ドアの隙間から肩より上だけを覗かせ現れた少女は、上目遣いで目の前に立っていたハールを見上げる。
「……あれ、なんだハールさんですか」
「『なんだ』ってなんだよ!」
(ハール、前も同じようなコト言われてたような……)
少女の胸より少し下くらいまでの黒髪がさらりと揺れる。彼女は「あー、雨結構降ってますねー」などと的外れなことを言いながら、二人が入れるように一歩身を引き、扉をさらに開けた。
「冗談ですよー。とにかく入ってください、風邪引きますよ」
二人が室内に入ると少女は戸口を閉め、「何か拭くもの取ってきますねー」と小走りで奥に消えていった。
彼女がその場からいなくなると、二人の服や髪から滴る雫が立てる音だけが部屋に響く。
ずっと棒立ちしたまま、というのも空気が重いので、リセは辺りを見回す。
木製の椅子とテーブルが数セット。その向こうには厨房らしきモノが見える。
「……お料理屋さん?」
「あぁ」
ハールは髪から顔に伝ってくる雨水を手の甲で拭いながら答える。
暫くすると、階段から降りてくる音がし、先程の少女が手に二人分の大きな厚手の布を持って戻ってきた。どうやら一階が店、二階が居住空間になっているらしい。
「はい、どうぞ」
「ありがとな、キヨ」
受け取りながら答えるハール。
「どういたしまして。そちらの方もどうぞ」
笑顔でそれを差し出してくる彼女は、深い赤の瞳に白い肌、さらさらとしたストレートの黒髪に簪(かんざし)のようなものをさしていた。首には、大きめの首輪にも見えるチョーカーらしきものしている。
「あ、ありがとう……キヨ、ちゃん?」
「ん? キヨでかまいませんよー、みんなキヨをそう呼びます」
「そっか、じゃあキヨ、ありがとう」
そう言って、まずは濡れそぼった髪を挟むようにして拭き始めた。
「……そうだキヨ、イズムは居ないのか?」
ハールが水分を吸って重くなった上着を脱ぎながら言う。
「あ、今は買い物に行ってるんですよー」
「この雨の中でか!?」
「いえ、行ったのは雨が降ってくる前ですけど……でも、イズムさまなら大丈夫ですよ。傘を持っていきましたから」
「そっか……てか何で晴れてんのに傘持ってったんだ?」
「何となく降りそうだったらしいですよー」
「へー……イズムらしいというか」
「はい、さすがイズムさまですよね!」
今度は身体を拭きながら何気無く聞いていた会話だが、ふと、気になることが一つ。
「ねぇキヨ、何で……様付け?」
そんな敬称を付けなければならない程に高位な人物なのだろうか、だとしたら、なぜハールは呼び捨てにできるのか。それに、そんなに偉い人なら買い物になんて行かないはずである。
「あ、それはー……」
キヨが答えようとした その時、再び扉の開く音がした。
フレイアとはぐれてから十数分。一旦道を戻って捜したのだが、当の彼女は影も見当たらない。これだけの人間の中ではぐれたのだから無理もないだろう。
だが、このまま雨に叩かれながら当てもなく捜すのはさすがに効率が悪い。まずはこの夕立が止むのを待つべきではないだろうか。
「……オレ達もこんな雨の中ずっと捜してる訳にもいかねぇし、一旦引き上げるか」
「……うん」
リセもそろそろ限界だと感じていたらしく、多少躊躇いつつもそれに同意する。フレイアとどうやって落ち合うかというのは雨が止んでから考えるということで意見が一致すると、二人は再度、ハールの知人の家を目指して走り出した。
暫く走り続け、大通りから数本道を離れて幾かの角を曲がる。すると、通りに並ぶ一軒の小さな家の前でハールは足を止めた。そのままドアの前に立ちノブを捻るが、鍵が掛かっているらしくガチャガチャと音が鳴るだけだった。今度は左手で戸を直接叩く。
「おい、イズム! 居るか!?」
すると数秒してから返事がし、階段を降りてくる音、その後こちらに向かう足音が段々と近くなってくる。そして鍵を開けるカチャッ、という音がして、扉がゆっくりと開いた。
「はいー?」
ドアの隙間から肩より上だけを覗かせ現れた少女は、上目遣いで目の前に立っていたハールを見上げる。
「……あれ、なんだハールさんですか」
「『なんだ』ってなんだよ!」
(ハール、前も同じようなコト言われてたような……)
少女の胸より少し下くらいまでの黒髪がさらりと揺れる。彼女は「あー、雨結構降ってますねー」などと的外れなことを言いながら、二人が入れるように一歩身を引き、扉をさらに開けた。
「冗談ですよー。とにかく入ってください、風邪引きますよ」
二人が室内に入ると少女は戸口を閉め、「何か拭くもの取ってきますねー」と小走りで奥に消えていった。
彼女がその場からいなくなると、二人の服や髪から滴る雫が立てる音だけが部屋に響く。
ずっと棒立ちしたまま、というのも空気が重いので、リセは辺りを見回す。
木製の椅子とテーブルが数セット。その向こうには厨房らしきモノが見える。
「……お料理屋さん?」
「あぁ」
ハールは髪から顔に伝ってくる雨水を手の甲で拭いながら答える。
暫くすると、階段から降りてくる音がし、先程の少女が手に二人分の大きな厚手の布を持って戻ってきた。どうやら一階が店、二階が居住空間になっているらしい。
「はい、どうぞ」
「ありがとな、キヨ」
受け取りながら答えるハール。
「どういたしまして。そちらの方もどうぞ」
笑顔でそれを差し出してくる彼女は、深い赤の瞳に白い肌、さらさらとしたストレートの黒髪に簪(かんざし)のようなものをさしていた。首には、大きめの首輪にも見えるチョーカーらしきものしている。
「あ、ありがとう……キヨ、ちゃん?」
「ん? キヨでかまいませんよー、みんなキヨをそう呼びます」
「そっか、じゃあキヨ、ありがとう」
そう言って、まずは濡れそぼった髪を挟むようにして拭き始めた。
「……そうだキヨ、イズムは居ないのか?」
ハールが水分を吸って重くなった上着を脱ぎながら言う。
「あ、今は買い物に行ってるんですよー」
「この雨の中でか!?」
「いえ、行ったのは雨が降ってくる前ですけど……でも、イズムさまなら大丈夫ですよ。傘を持っていきましたから」
「そっか……てか何で晴れてんのに傘持ってったんだ?」
「何となく降りそうだったらしいですよー」
「へー……イズムらしいというか」
「はい、さすがイズムさまですよね!」
今度は身体を拭きながら何気無く聞いていた会話だが、ふと、気になることが一つ。
「ねぇキヨ、何で……様付け?」
そんな敬称を付けなければならない程に高位な人物なのだろうか、だとしたら、なぜハールは呼び捨てにできるのか。それに、そんなに偉い人なら買い物になんて行かないはずである。
「あ、それはー……」
キヨが答えようとした その時、再び扉の開く音がした。