Story.6 月下の賭け
「うわ、どうしよ……っ、完璧にはぐれちゃった……」
一方、はぐれたフレイアは、人混みの中で雨に打たれていた。
細い線となって落ちてゆく水に叩かれながら目を凝らせど、通り過ぎてゆく人々のなかにリセとハールを見付けることはできなかった。
二人とは連絡の取りようもないし、一体どうするべきか。せめてその知り合いの名前だけでも聞いていれば、後で落ち合えたかもしれないのだが。
軽く後悔をし始めた自分に気付き、微かに目を細める。
何にせよ、過ぎたことは考えていても仕方がない。とにかく、処理できる問題から片付けていかなくては。
(とりあえず、今は雨宿りできる場所を……)
現在の最優先事項は、身を落ち着け、状況を整理し、その打開策を思案できる場所に行くことだ。彼女達と合流する手立てを考えるのはそれからでも遅くはない。為すべき行動が明確になった。あとは実行に移すだけ。
降り頻る夕立の中、彼女と同じように突然の出来事に慌てる人々を掻き分けてどうにか見付けた雨宿りの場所は、店と店の間の狭い空間。そこは店同士の屋根が重なり合っていて、丁度良く天井のようになっていた。そこに駆け込むと、ようやく一息つく。
「寒……」
雨に晒した肌は急速に冷え、これ以上体温を逃がさないように腕を抱く。水分を含んだ服は身体に張り付いて気持ちが悪いし、濡れた髪からは水滴が滴り、ぽたぽたと音を立てていた。
「うー……何で今日に限って夕立なんか……」
届くはずはないと分かっていながらも、空に恨み言なんぞを一言二言吐く。
もう立っているのが嫌になって、しゃがんで顔を膝に埋める。空気と触れる面積が減って、少しばかり寒さが和らいだ。
(……そういえば、ずっと昔もこんな事あったっけ)
――――ふと、戻ることのできない記憶に、想いを馳せる。
あの時もこんな風に雨が降ってきて、一人で雨宿りして……寒くて寒くて、凍えそうで……
(でもその時は、あいつが来てくれたっけ。怒ってたはずなのに、どしゃぶりのなか捜しに来てくれて)
だけど、やっぱり怒ってた。『あいつ』の癖。怒ってる時には、アタシの嫌いな方の名前で呼ぶ。私が呼ばれるの嫌って知ってて、そう呼ぶんだ。『あいつ』の顔を思い浮かべれば、自然と笑みが浮かんできた。
――自嘲、という名の。そして今更思い知らされる。
もう『あいつ』は来ないんだということ。こうしてヒトリで蹲って凍えていても、もう、捜しに来ないんだということ。
アタシが――――捨ててきたから。
捨てたんだ。もう、ぜんぶ。何もかも。
「――あの、大丈夫ですか?」
「――……?」
ふいに上から降ってきた声に顔を上げる。
「風邪、引きますよ」
一人の少年が、自身が持っている傘をこちらに差し出して微笑んでいた。自分より幾らか年上に見える。
「え、と……」
突然向けられた柔らかな微笑に、少しばかり戸惑う。それに、妙な既視感さえ覚える程、少年の纏う空気が『あいつ』と――――
「旅の方ですか?」
「あ、はい……」
彼の黒色の髪も瞳も、『あいつ』とは違うのに。
「急に降られちゃって……ちょっと、雨宿りを」
身体に纏わりつく寒さと迂濶にも迷子になってしまったという状況から、少々弱々しい笑みをみせる。それに少年は、お気の毒にと返答した。
「……よろしければ、家に来ませんか?……雨がしのげる屋根と、温かい紅茶くらいはありますよ」
「……え」
予想外の親切に、思わず少年を見つめる。買い物帰りなのか茶色い袋を抱え、清潔感のある白いシャツを着ていた。
「小さいですけど軽食屋を経営しているんです。もう今日は閉めてしまいましたけど、余りモノで良ければありますよ」
「……いいんですか」
「ええ、構いませんよ」
彼は微笑んでそう言う。
ふと、この優しそうな風貌の少年が、自分を騙して良からぬことを謀っていたとしたら――という考えが脳裏を過る。が、それでもいいか、という思考へとすぐに落ち着いた。騙されていたとしても、別に構わない。
欺かれたなら、欺き返すだけだ。
それに――――……
――自分だって、人のこと言える、義理じゃないから。
一方、はぐれたフレイアは、人混みの中で雨に打たれていた。
細い線となって落ちてゆく水に叩かれながら目を凝らせど、通り過ぎてゆく人々のなかにリセとハールを見付けることはできなかった。
二人とは連絡の取りようもないし、一体どうするべきか。せめてその知り合いの名前だけでも聞いていれば、後で落ち合えたかもしれないのだが。
軽く後悔をし始めた自分に気付き、微かに目を細める。
何にせよ、過ぎたことは考えていても仕方がない。とにかく、処理できる問題から片付けていかなくては。
(とりあえず、今は雨宿りできる場所を……)
現在の最優先事項は、身を落ち着け、状況を整理し、その打開策を思案できる場所に行くことだ。彼女達と合流する手立てを考えるのはそれからでも遅くはない。為すべき行動が明確になった。あとは実行に移すだけ。
降り頻る夕立の中、彼女と同じように突然の出来事に慌てる人々を掻き分けてどうにか見付けた雨宿りの場所は、店と店の間の狭い空間。そこは店同士の屋根が重なり合っていて、丁度良く天井のようになっていた。そこに駆け込むと、ようやく一息つく。
「寒……」
雨に晒した肌は急速に冷え、これ以上体温を逃がさないように腕を抱く。水分を含んだ服は身体に張り付いて気持ちが悪いし、濡れた髪からは水滴が滴り、ぽたぽたと音を立てていた。
「うー……何で今日に限って夕立なんか……」
届くはずはないと分かっていながらも、空に恨み言なんぞを一言二言吐く。
もう立っているのが嫌になって、しゃがんで顔を膝に埋める。空気と触れる面積が減って、少しばかり寒さが和らいだ。
(……そういえば、ずっと昔もこんな事あったっけ)
――――ふと、戻ることのできない記憶に、想いを馳せる。
あの時もこんな風に雨が降ってきて、一人で雨宿りして……寒くて寒くて、凍えそうで……
(でもその時は、あいつが来てくれたっけ。怒ってたはずなのに、どしゃぶりのなか捜しに来てくれて)
だけど、やっぱり怒ってた。『あいつ』の癖。怒ってる時には、アタシの嫌いな方の名前で呼ぶ。私が呼ばれるの嫌って知ってて、そう呼ぶんだ。『あいつ』の顔を思い浮かべれば、自然と笑みが浮かんできた。
――自嘲、という名の。そして今更思い知らされる。
もう『あいつ』は来ないんだということ。こうしてヒトリで蹲って凍えていても、もう、捜しに来ないんだということ。
アタシが――――捨ててきたから。
捨てたんだ。もう、ぜんぶ。何もかも。
「――あの、大丈夫ですか?」
「――……?」
ふいに上から降ってきた声に顔を上げる。
「風邪、引きますよ」
一人の少年が、自身が持っている傘をこちらに差し出して微笑んでいた。自分より幾らか年上に見える。
「え、と……」
突然向けられた柔らかな微笑に、少しばかり戸惑う。それに、妙な既視感さえ覚える程、少年の纏う空気が『あいつ』と――――
「旅の方ですか?」
「あ、はい……」
彼の黒色の髪も瞳も、『あいつ』とは違うのに。
「急に降られちゃって……ちょっと、雨宿りを」
身体に纏わりつく寒さと迂濶にも迷子になってしまったという状況から、少々弱々しい笑みをみせる。それに少年は、お気の毒にと返答した。
「……よろしければ、家に来ませんか?……雨がしのげる屋根と、温かい紅茶くらいはありますよ」
「……え」
予想外の親切に、思わず少年を見つめる。買い物帰りなのか茶色い袋を抱え、清潔感のある白いシャツを着ていた。
「小さいですけど軽食屋を経営しているんです。もう今日は閉めてしまいましたけど、余りモノで良ければありますよ」
「……いいんですか」
「ええ、構いませんよ」
彼は微笑んでそう言う。
ふと、この優しそうな風貌の少年が、自分を騙して良からぬことを謀っていたとしたら――という考えが脳裏を過る。が、それでもいいか、という思考へとすぐに落ち着いた。騙されていたとしても、別に構わない。
欺かれたなら、欺き返すだけだ。
それに――――……
――自分だって、人のこと言える、義理じゃないから。