Story.5 小さな盗人(後編)
〈少女〉は、ある程度の広さを持つ庭園に居た。そこは周りをぐるりと木々に囲まれ、花もそこかしこに咲いている、自然豊かな場所だった。
彼女は夜にふと外の空気が吸いたくなって、家から出て来たのだった。あの中には、心から慕う、愛らしくも気高い『少女』が居る。
彼女の髪色によく似た漆黒の空を仰げば、まるで水晶を砕いて散らしたかような星が瞬いていた。彼女は宝石よりも、こういった、絶対に人の手が届かない純粋な煌めきを放つものの方が好きだった。
暫し、見惚れる。ふと、この星空を『少女』にも見せたいと思ったが、夜風に当たると風邪を引いてしまうかもしれないという不安が過り、結局は一人で見るに留めておくことにした。自分でも、なかなかの過保護だというのは分かっている。
「…………ッ!」
突如、ざわりと背筋に冷たい気配が這い登った。違う。これは、『少女』の気配では無い。と、すると――――
「何奴!?」
素早く反転し、携帯水晶も無しに何処からともなく剣を出現させる。隙の無い構えが、彼女の凛とした麗容を引き立たせた。
目の前に佇んでいたのは、一人の男。見慣れないその人物に微かに眉をひそめ、黒く澄んだ明眸で彼を見つめた。
「……誰だ」
冷厳な口調で再度問う。が、男は答えない。
――おかしい。彼女は思う。この場所には特殊な結界が張られており、限られた人間にしか立ち入る事は出来無い筈――――
張り詰めた緊張と静寂。その中で、〈少女〉は剣を一度下ろした。だが、いつでも切っ先を彼に向ける事は出来るように。そのまま男に歩み寄る。近過ぎず遠過ぎない距離で止まり、声を紡いだ。
「お前は、何者だ」
未だ答えようとしない男に苛立ちが募るが、あくまで冷静に振る舞うよう努めた。暫し待つ。
――しかし、彼は無言のままだ。その様子は、ひどく整った氷像のようだった。だがそれを否定しているのは、深く、鮮やかな二つの瞳。
――――刹那。
「……ッ!?」
視界から男が消えた。それは消えたというのが的確な表現だった。有り得無い。こんな至急距離で自分が見失う程に俊敏な動きをするなんて――――
――背中に鈍い痛み。途端に目の前がぼやけた。
「――――ッ……」
脚にから力が抜け、崩れそうになる身体。――ふいに、腕を引かれた。
「…………っ」
薄れ行く意識の中、引き寄せられる身体。微かに聞こえたのは、自らの掌から抜け、落下した剣が芝に落ちる音。そして最後に見たのは――――ルビーのような深紅の瞳。
それは、彼女等と同じ、星空の下。
To the next story……
originalUP:2007
remakeUP:2012.8.1(Happy Birthday,Freya!)