Story.5 小さな盗人(後編)


 フレイアは、少々、というには固すぎるベッドの上で寝返りをうった。板底がぎしりと鳴る。今まで背を向けて寝ていた少女と向き合う形になった。
 安宿ではあるが、節約の為に一人部屋を借りて二人で使っている。当然ベッドも一つなので、二人で一緒に寝ていた。別段フレイアはそういったことを気にする質でもないので不満も何もない。むしろ、一人より二人の方が楽しい。一人で孤独――かどうかは人の判断によるが――に隣の部屋で寝ているであろうハールを思うと、得した気分になる。
 目の前で瞼を閉じているリセの顔を見つめる。記憶喪失という深刻な問題を抱えているにも関わらず、その唇から漏れる寝息は赤子のそれのように安らかだ。
 小さく息をついて、目を閉じる。疲れてはいたものの何となく眠れずに寝転がっていただけだったが、そろそろ本格的に睡眠に入ろうか。
「…………」
 が、眠りに落ちる前ほど、今日一日で起こった事を思い出すもので。
 朝、宿を出て、リセが帽子を盗られて、皆で探して、手分けして……
(もしアタシが人の帽子を持って悪戯するなら、悪戯された人の困った顔も見たいって思ったんだ……)
 ついくすりと笑ってしまった。しかし本当に彼と同じ思考回路だったなんて、自分もまだまだ子供だと思う。そうしてリセを捜したら案の定後ろの方で隠れていて……何だか面白くなって、自分まで尾行を始めてしまったのだ。……そしてその後――――
 次に起きた出来事を思い出す。蒼い瞳を憂いに細めた。
 ――いくら平和そうに見えても、それは単に『見える』だけだ。こんな町中にだって魔物はいる。
 仮に、あの時自分があの場に居なかったら。旅人狩もそうだが、もう一つ、あの少年には命に係わる危険が迫っていた。
 彼には『腐る』という表現で留めておいたが、実際のところそれでは済まなかったはずだ。もし少年が美しすぎる蝶をその手で包んでいたならば、掌が焼かれ、皮膚はただれ、そこから毒が全身に回っていただろう。ただし致死量ではない。確かあの種の魔物は、殺さない程度の怪我を負わせ、仲間の足を引っ張る為に造られたと聞いたことがある。戦時中には、人道や道徳といったものなど、なんの価値も無かったのだろうか。戦後、罪も無い子供が危険に晒されるとは、未来にまでも傷跡を残すなどとは、考えなかったのだろうか。
(弟、か……)
 もう一度、寝返りをうつ。ぎしりと、軋む音が身体の下でした。
 今にも、崩れてしまいそう。

 ねぇ、足元の平和は、こんなにも脆いよ?

「暗夜時代は……」
 薄汚れたカーテンの隙間から、窓の向こうの暗い空が見えた。数多の小さな星が、その命と引き換えに、儚く、確かな光を放ち、瞬いていた。

「終わらない……?」
 
 今日の夜空は、こんなにも煌めいているのに――――……
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