Story.5 小さな盗人(後編)

「いやー、楽しかったねーリセっ」
「うん、とっても楽しかった!」
「あー、そりゃ良かったなー……」
 先刻まで空を支配していた茜色も大部分は紺青に染まり変わり、三人は夕闇のなか再び宿を探し歩いていた。
 結局あの店を出た後もフレイアが飾り窓に誘われ、立ち止まってはリセを引き入れてしまう、という行為が数件繰り返された。勿論ハールがそれに付き合わされたのは言うまでもない。普通に歩くのとは違って、女の子の歩調に合わせるのは、なかなか疲れるものだ。おかげで今日、ハールは生まれて初めて店内への勧誘効果のある飾り窓の存在を呪った。
「うん、よかった!」
 先程の事も内訳に入れ、多少なりとも皮肉を含めたつもりだったのだが、いかんせん彼女には効果が無い……というか、皮肉だと分かってもらえない。むしろ純真に満面の笑みさえ向けられては、これ以上何かを言う気も失せるというものだ。
 それに、彼女のなかでは既に先程の発言は頭の片隅にもないようだし。どうやら赤くなっていたのにも深い意味はなかったらしく、突発的なものだったようだ。もしや、照れ屋なのかとも思う。恥ずかしかったり誉められたりすると、つい思っていることと逆の行動をとる人間も少なからずいるが、彼女もその類なのかもしれない。素直そうだと思っていたら、変なところで屈折しているものだ。……とにかく、向こうがそうなら、こちらもなかったことにしようと決める。
「お、あそこに宿屋が――」
「あっ、その向こうに小物屋さんが!」
「……っておい!」
 制止も虚しく、リセの手を取ると軽い足取りで先を行くフレイア。そして金髪を躍らせ振り返ると弾けるような笑みを向けてきた。
「もうすぐ日が暮れちゃうよ、そしたらお店閉まっちゃうよ! でも宿屋は夜でも開いてるよ!」
「あーもう……」
 実に明確な行動理由の説明である。納得できるかはまた別の話だが。しかし、まあ――――しようと思えば、できなくもない。
「……今日だけなら、いいか」
 この一日の彼女の仕事ぶりを考えれば、これくらいの楽しみはあってもいいはずだ。
「ねえフレイア、買い物って買わなくても楽しいんだね……!」
 服や装飾品を見ながら、いつかこんな素敵なものが似合うようになれたなら、手に入れられるようになれるなら、と考えただけでも心が踊る。だから、先刻の少女たちはあんなに楽しそうだったのか。
「そうそう! でもー、買ったらもっと楽しいよ! まあ今はそんな余裕ないけどねー」
 ――彼女たちと同じように隣に友人がいて、あの笑顔を理解できたことが、とても嬉しい。 
「そのうち魔物倒して賞金もらったら、いっぱい可愛いもの買っちゃお」
 そう片目を瞑ってみせたフレイアの言葉に、リセは胸の前でぐっと手を握る。
「わ、私も倒せるようになったら……!」
 手をそのままに、しっかりとフレイアを見つめて。
「そうしたら……二人合わせて持ちきれないくらい買えちゃう、かな」
 後半は少しだけ、声が小さくなっていった。が、瞳には、確かな光を灯らせて。
 その素振りはなんの変哲もない会話の内容にそぐわず、まるで意を決して言ったかのようで――
 やや目をしばたかせていたフレイアだったが、意味を理解するとゆっくりと微笑む。
「そうだね」
「……っじゃあ、その時は私がこれで荷物係になるね!」
「よろしく」
 帽子に手を添えたリセの表情が、小さな蕾が春を迎えたように綻んでゆく。
 以前の自分は分かれないけれど、“彼女”に戻るためだけの自分になるのは嫌だと思う。二人に近付くために――二人の隣にいられる人間になるために、進みたい。
 今はまだできることは少ないけれど、その一歩一歩を確実に踏みしめて。こんな風に、できることを少しずつ。
「なぁ、オレは宿とってるからお前らだけで――」
「えー、ハール君もー!」
「…………そうですか」
 ――遠くから自分を呼ぶ声に、溜め息交じりの曖昧な了承。そして彼女たちの“買いもしない買い物”は、日が落ちる直前まで続いたということである。
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