Story.5 小さな盗人(後編)
一点の汚れもない本繻子はほのかに輝く純白。レースに使われている薄桃色がそれに映り、白雪の中に花が咲いたように彩りを加えていた。淡く光を纏う銀髪はさらりと腰元で揺れ、月色の瞳を驚いたようにハールへ向けている。
「ハー、ル……!」
……しゃらりと鳴る、微かな衣擦れの音。
それはまるでリセの為に繕われたかのように、どんなに煌びやかな宝石よりも、輝く豪奢なアクセサリーよりも、可憐に彼女を彩っていた。
「も、もうっ、フレイアってば何でハール連れてきてるの……!」
――その一言に、彼ははっと我に帰った。
「えへへ……いやぁ、だってあまりにもリセが麗しかったのでね? これはハール君にもお見せしなければと……」
「お見せしなくていいよっ……もう、着替えるよ!」
「えー! もちょっと着てなよぉ、勿体ない!」
「勿体なくない!」
「勿体ないよね? ねー、ハール君?」
「は!?」
唐突に話を振られ、言い淀むハール。できれば、ここで自分に意見を求めて欲しくなかった。
「だって可愛いじゃんっ、ねぇ?」
「 “ねぇ?”って、そんな……」
――ことを言われたって、返答に詰まるに決まっているではないか。思わず、コイツは自分を困らせたくて言っているのかと疑ってしまう。嘘をつくのはなんだし、それに、本心を言うのも――……
「可愛いくない?」
「え、いや、それは――……っ」
「可愛くないの?」
「そういう訳、じゃ……」
「じゃ、可愛いい?」
……決定だ。目の前にいるこの少女は、こうやって自分を追い詰めて、きっと彼女自身が望む答えを言わせたいに違いない。小さく舌打ち。……人を困らせて楽しむのは、どうかと思う。
本当に、勘弁して欲しい。自分はこういうことに向いていないのだ。先日の『帽子の件』は、相手も目覚めたばかりで良く分かっていなさそうだったから、一応、簡単にではあるが言えた。だが、今回は状況が違う。
「えー……あー……」
――分かってはいる。たった一言、軽く言えばいいのだ。冗談めかしたっていい。なのに、その『本心』が言えない。言える訳がない。こんな時、自分の親友――だと少なくともこっちは思っている――なら、気の利いた言葉の一つや二つさらりと言ってしまうのだろうと思うと、彼を羨ましくも恨めしく思った。そして――……数秒間の、沈黙。
「あー……いい、と、思う…………」
「――――……っ!!」
これが、精一杯の妥協点だった。
「ふおっ!? ……ふ、おおお……」
瞬間、リセの顔は桜色に染まる。口を開いては閉じを繰り返し、何か言おうとしているものの言葉自体は出て――――
「……――ば、ばかぁっ!!」
――きた。
彼女なりの理由としては恐らく、嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、何といったら良やら――、と、色々と収拾のつかない状態なのだろう。
ハールの言葉を借りれば、『帽子の件』のときよりも、彼のことを少しは知り、心情も、勿論“仲間”としか思っていないにしても、当初と全く同じな訳がなく――と、まあ、年頃の乙女の心境をいちいち解説するのも野暮だろう。
だが、多少なりとも苦心をしたハールとしては、こんな言葉でその決意を返されては少々不服である。そんな彼の内心などは知る由も無く、リセはシャッ!っと勢い良くカーテンを閉めると、それきり黙ってしまった。もうその服を着ている気は無いらしい。
不機嫌そうに、フレイアへ目を向ける。
「誉めたのに馬鹿って……ワケわかんねぇ……」
残されたのは苦悶の結果バカ呼ばわりされたハールと、ある意味旅人狩より質の悪い少女。彼女は笑って、ハールを見上げた。
「乙女ゴコロは複雑なんですよー!」
「ハー、ル……!」
……しゃらりと鳴る、微かな衣擦れの音。
それはまるでリセの為に繕われたかのように、どんなに煌びやかな宝石よりも、輝く豪奢なアクセサリーよりも、可憐に彼女を彩っていた。
「も、もうっ、フレイアってば何でハール連れてきてるの……!」
――その一言に、彼ははっと我に帰った。
「えへへ……いやぁ、だってあまりにもリセが麗しかったのでね? これはハール君にもお見せしなければと……」
「お見せしなくていいよっ……もう、着替えるよ!」
「えー! もちょっと着てなよぉ、勿体ない!」
「勿体なくない!」
「勿体ないよね? ねー、ハール君?」
「は!?」
唐突に話を振られ、言い淀むハール。できれば、ここで自分に意見を求めて欲しくなかった。
「だって可愛いじゃんっ、ねぇ?」
「 “ねぇ?”って、そんな……」
――ことを言われたって、返答に詰まるに決まっているではないか。思わず、コイツは自分を困らせたくて言っているのかと疑ってしまう。嘘をつくのはなんだし、それに、本心を言うのも――……
「可愛いくない?」
「え、いや、それは――……っ」
「可愛くないの?」
「そういう訳、じゃ……」
「じゃ、可愛いい?」
……決定だ。目の前にいるこの少女は、こうやって自分を追い詰めて、きっと彼女自身が望む答えを言わせたいに違いない。小さく舌打ち。……人を困らせて楽しむのは、どうかと思う。
本当に、勘弁して欲しい。自分はこういうことに向いていないのだ。先日の『帽子の件』は、相手も目覚めたばかりで良く分かっていなさそうだったから、一応、簡単にではあるが言えた。だが、今回は状況が違う。
「えー……あー……」
――分かってはいる。たった一言、軽く言えばいいのだ。冗談めかしたっていい。なのに、その『本心』が言えない。言える訳がない。こんな時、自分の親友――だと少なくともこっちは思っている――なら、気の利いた言葉の一つや二つさらりと言ってしまうのだろうと思うと、彼を羨ましくも恨めしく思った。そして――……数秒間の、沈黙。
「あー……いい、と、思う…………」
「――――……っ!!」
これが、精一杯の妥協点だった。
「ふおっ!? ……ふ、おおお……」
瞬間、リセの顔は桜色に染まる。口を開いては閉じを繰り返し、何か言おうとしているものの言葉自体は出て――――
「……――ば、ばかぁっ!!」
――きた。
彼女なりの理由としては恐らく、嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、何といったら良やら――、と、色々と収拾のつかない状態なのだろう。
ハールの言葉を借りれば、『帽子の件』のときよりも、彼のことを少しは知り、心情も、勿論“仲間”としか思っていないにしても、当初と全く同じな訳がなく――と、まあ、年頃の乙女の心境をいちいち解説するのも野暮だろう。
だが、多少なりとも苦心をしたハールとしては、こんな言葉でその決意を返されては少々不服である。そんな彼の内心などは知る由も無く、リセはシャッ!っと勢い良くカーテンを閉めると、それきり黙ってしまった。もうその服を着ている気は無いらしい。
不機嫌そうに、フレイアへ目を向ける。
「誉めたのに馬鹿って……ワケわかんねぇ……」
残されたのは苦悶の結果バカ呼ばわりされたハールと、ある意味旅人狩より質の悪い少女。彼女は笑って、ハールを見上げた。
「乙女ゴコロは複雑なんですよー!」