Story.5 小さな盗人(後編)
「絶対……?」
「そうそう絶対。だから早く着てねっ」
「似合わないよ……?」
「似合う似合う。だから早く着てねっ」
「う……」
リセは一着の服を持って試着室の中にいた。店に入ってあのワンピースの色違いを見せてもらい、いつのまにやら今、リセはそれを着る羽目になっている。
(フレイアって口が巧いなぁ……)
なにがどうしてこうなったのかというと、何となく会話している内にそうなってしまったのである。
『やっぱり可愛いねー! 着てみたいと思わない?』
『思うーっ』
『ホント?』
『うんっ』
『じゃ着てみよー!』
『うんっ……って、え?』
何気なーく、さり気なーく誘導尋問な気がしないでもない。それはともかく、自身は試着室の中にいて、手にはあのワンピースの色違いを持っていて、自らの意思で遠回しな「着てみたい?」という質問に頷いてしまったのだ。ここまできたら、着る他はないだろう。
(私には似合わないよ……だってこれ、可愛いすぎるもん……)
未だ試着を躊躇うリセ。『試』めしに『着』るくらいなのだから、さっさと腹をくくれと言いたいところなのだが、いくら服が可愛くても、それを着れば可愛くなるというものでもない。逆に可愛いければ、その分気恥ずかしさも募るというものだ。きっと自分自身で綺麗だと認められるほどの容姿があれば、そんなこともないのであろうが――要するに、年頃の少女によくあるアレである。
自分の外見と、好みの服の不一致。……と、彼女自身は思っているのだが、実のところそんなことはない。色香は若干欠けるが、それを差し引いても、多少の幼さを残した顔立ちと、美しい銀髪、白い肌と細い肢体は、街を歩けば一部の人間を振り向かせることもできるだろう。
――なんてことは露知らず。
困り果てて立ち尽くすリセ。色々と着ない言い訳を考えても、やはり手のなかの服は見れば見る程魅力的なのだ。
「…………」
……暫しの逡巡。
――そして。
(一回、だけだしね)
リセの恥じらい対ワンピースドレスの可愛いさ。果たして勝者は――――
†
「リセー、着たー?」
「う、うん」
「あー、まだ恥ずかしがってるー! さあ、お披露目っ!」
カーテンの外からは、妙に弾んだフレイアの声が聞こえる。こっちの気も知らずに……と、少々恨めしく思う。
「うー……」
ゆっくりと、のろーりのろーりと開くカーテン。少しずつ見える布は、淡い光沢を帯びていた。
長い時間をかけてようやく開き切ったそれの向こうに立つ少女が、伏せていた金の目を上げる。蒼い瞳と視線がぶつかった。
「――ど、どうでしょう……?」
「――……!」
するとフレイアの動きが一瞬固まり、次の瞬間にはまさに疾風のごとし速さで身を翻して店の外へと向かっていた。
「リセ、そのままでいてよ!? そのままね! 絶対に着替えちゃダメだよっ!」
「ふ、ふお……?」
一旦止まって振り返り念を押すフレイア。反論を許さぬ速さで捲し立てたので、呆然とその背中を見送ることしかできなかったリセである。
程無くして足音が戻って来た。ただしその音は、一人分のものとは思えず――
「ちょ、ちょ、見て!? コレ見ないと損する一生損する!」
半ば転がり込むようにリセの前へと到着した二人。転びそうになったフレイアは慌てて体勢を立て直し、まるで犯人を連行するかの如くがっしりと掴んでいたハールの腕をようやく離す。やっとの事で解放されたハールは、訳が分からず深い溜め息をついた。
「はぁ? ったく一体何なんだよ……」
突然店の中へと引っ張り込まれたのだろう、ハールは不満そうにフレイアを睨む。だが彼女はそんな視線などお構いなしで強引に彼の肩を手で押して正面を向かせた。
「いーからいーからっ!」
向かされた、その先には――――
「――――……っ!」
――それは、思わず息を飲んだ自分にさえ、気付かない程に――……
「カワイイでしょお?」
「そうそう絶対。だから早く着てねっ」
「似合わないよ……?」
「似合う似合う。だから早く着てねっ」
「う……」
リセは一着の服を持って試着室の中にいた。店に入ってあのワンピースの色違いを見せてもらい、いつのまにやら今、リセはそれを着る羽目になっている。
(フレイアって口が巧いなぁ……)
なにがどうしてこうなったのかというと、何となく会話している内にそうなってしまったのである。
『やっぱり可愛いねー! 着てみたいと思わない?』
『思うーっ』
『ホント?』
『うんっ』
『じゃ着てみよー!』
『うんっ……って、え?』
何気なーく、さり気なーく誘導尋問な気がしないでもない。それはともかく、自身は試着室の中にいて、手にはあのワンピースの色違いを持っていて、自らの意思で遠回しな「着てみたい?」という質問に頷いてしまったのだ。ここまできたら、着る他はないだろう。
(私には似合わないよ……だってこれ、可愛いすぎるもん……)
未だ試着を躊躇うリセ。『試』めしに『着』るくらいなのだから、さっさと腹をくくれと言いたいところなのだが、いくら服が可愛くても、それを着れば可愛くなるというものでもない。逆に可愛いければ、その分気恥ずかしさも募るというものだ。きっと自分自身で綺麗だと認められるほどの容姿があれば、そんなこともないのであろうが――要するに、年頃の少女によくあるアレである。
自分の外見と、好みの服の不一致。……と、彼女自身は思っているのだが、実のところそんなことはない。色香は若干欠けるが、それを差し引いても、多少の幼さを残した顔立ちと、美しい銀髪、白い肌と細い肢体は、街を歩けば一部の人間を振り向かせることもできるだろう。
――なんてことは露知らず。
困り果てて立ち尽くすリセ。色々と着ない言い訳を考えても、やはり手のなかの服は見れば見る程魅力的なのだ。
「…………」
……暫しの逡巡。
――そして。
(一回、だけだしね)
リセの恥じらい対ワンピースドレスの可愛いさ。果たして勝者は――――
「リセー、着たー?」
「う、うん」
「あー、まだ恥ずかしがってるー! さあ、お披露目っ!」
カーテンの外からは、妙に弾んだフレイアの声が聞こえる。こっちの気も知らずに……と、少々恨めしく思う。
「うー……」
ゆっくりと、のろーりのろーりと開くカーテン。少しずつ見える布は、淡い光沢を帯びていた。
長い時間をかけてようやく開き切ったそれの向こうに立つ少女が、伏せていた金の目を上げる。蒼い瞳と視線がぶつかった。
「――ど、どうでしょう……?」
「――……!」
するとフレイアの動きが一瞬固まり、次の瞬間にはまさに疾風のごとし速さで身を翻して店の外へと向かっていた。
「リセ、そのままでいてよ!? そのままね! 絶対に着替えちゃダメだよっ!」
「ふ、ふお……?」
一旦止まって振り返り念を押すフレイア。反論を許さぬ速さで捲し立てたので、呆然とその背中を見送ることしかできなかったリセである。
程無くして足音が戻って来た。ただしその音は、一人分のものとは思えず――
「ちょ、ちょ、見て!? コレ見ないと損する一生損する!」
半ば転がり込むようにリセの前へと到着した二人。転びそうになったフレイアは慌てて体勢を立て直し、まるで犯人を連行するかの如くがっしりと掴んでいたハールの腕をようやく離す。やっとの事で解放されたハールは、訳が分からず深い溜め息をついた。
「はぁ? ったく一体何なんだよ……」
突然店の中へと引っ張り込まれたのだろう、ハールは不満そうにフレイアを睨む。だが彼女はそんな視線などお構いなしで強引に彼の肩を手で押して正面を向かせた。
「いーからいーからっ!」
向かされた、その先には――――
「――――……っ!」
――それは、思わず息を飲んだ自分にさえ、気付かない程に――……
「カワイイでしょお?」