Story.5 小さな盗人(後編)
「本当にすみませんでした。ほら、ロキも皆さんに謝って」
「助けてくれてありがとう……あと、ごめんなさい」
「いやー、アタシも結局落ちちゃったしねぇ……」
「ちゃんと返してくれたんだから、もういいよ」
素直に頭を下げるロキに、フレイアは苦笑を、リセは安堵の笑みを浮かべて言う。そして彼女の頭には、白い帽子があった。
「あの、さっきはすみませんでした、つい……」
ハールへおずおずとした視線を向けるカテリナ。何のことかと一瞬考えたが、すぐに先刻の冷静さを欠いた態度のことであると気付いた。
「いいや。お前に落ち着けって言ったの、あれで二回目だな」
「だって私、弟のことになるとつい」
彼の全く気にしていないという様子に、カテリナは照れたように微笑む。もう昼間の時のような焦りもない。
「今日は私、また一つお勉強しました」
彼女はゆっくりと眼鏡をかけなおすと、その奥の黒々とした丸い目でハールを見つめる。
「どんなに相手のことを想っていても、言葉にしなきゃ伝わらないこともあるって」
夕暮れの風が吹いた。一日の終わりがもうすぐ訪れることを告げる黄金色の空に、眩しく輝く浅緋の雲が流れて行く。
「……それともう一つ。想うあまりに見えなくなりがちだけど、自分の大切なひとは、自分が思っているほど弱くない」
凛とした声が、夕焼けに染まる路地に染みてゆく。そしてその静寂すら鮮やかな色彩を放つ夕景のなかで、黒い瞳は確かな意思と存在感を持ってそこに在った。
「……みたいです」
カテリナは引き結んでいた唇を解くと穏やかに口角を上げ、遠慮がちに付け足す。ハールは夕陽を受けて弟と二人で立つその姿に、優しく目を細めた。
「それは大発見だな」
「……っ、はい!」
空の色を映し、赤みが差した頬に笑みを咲かせる。それはカテリナが今日初めて見せる、子供らしい溌剌とした笑顔だった。
……――――こうして、姉弟のちょっとしたすれ違いから生じた事件は、幕を閉じたのだった。
「助けてくれてありがとう……あと、ごめんなさい」
「いやー、アタシも結局落ちちゃったしねぇ……」
「ちゃんと返してくれたんだから、もういいよ」
素直に頭を下げるロキに、フレイアは苦笑を、リセは安堵の笑みを浮かべて言う。そして彼女の頭には、白い帽子があった。
「あの、さっきはすみませんでした、つい……」
ハールへおずおずとした視線を向けるカテリナ。何のことかと一瞬考えたが、すぐに先刻の冷静さを欠いた態度のことであると気付いた。
「いいや。お前に落ち着けって言ったの、あれで二回目だな」
「だって私、弟のことになるとつい」
彼の全く気にしていないという様子に、カテリナは照れたように微笑む。もう昼間の時のような焦りもない。
「今日は私、また一つお勉強しました」
彼女はゆっくりと眼鏡をかけなおすと、その奥の黒々とした丸い目でハールを見つめる。
「どんなに相手のことを想っていても、言葉にしなきゃ伝わらないこともあるって」
夕暮れの風が吹いた。一日の終わりがもうすぐ訪れることを告げる黄金色の空に、眩しく輝く浅緋の雲が流れて行く。
「……それともう一つ。想うあまりに見えなくなりがちだけど、自分の大切なひとは、自分が思っているほど弱くない」
凛とした声が、夕焼けに染まる路地に染みてゆく。そしてその静寂すら鮮やかな色彩を放つ夕景のなかで、黒い瞳は確かな意思と存在感を持ってそこに在った。
「……みたいです」
カテリナは引き結んでいた唇を解くと穏やかに口角を上げ、遠慮がちに付け足す。ハールは夕陽を受けて弟と二人で立つその姿に、優しく目を細めた。
「それは大発見だな」
「……っ、はい!」
空の色を映し、赤みが差した頬に笑みを咲かせる。それはカテリナが今日初めて見せる、子供らしい溌剌とした笑顔だった。
……――――こうして、姉弟のちょっとしたすれ違いから生じた事件は、幕を閉じたのだった。