Story.5 小さな盗人(後編)
「……ロキ、お姉ちゃんが行くのを迷っていたのはお金のせいじゃないの」
ロキは子犬のように大きな黒い瞳をさらに見開く。カテリナは逆に、彼のそれとよく似た目を細めた。
「……お姉ちゃん、ロキが心配で、行こうって決心がつかなかった」
「――……あ」
「ロキはまだ小さくて、悪戯っ子で手がかかって、お姉ちゃんがいないと駄目だと思ってた。でも、それは勘違いだったね」
困ったように笑むカテリナ。ロキの肩から手を降ろす。
「ロキはちゃんとお姉ちゃんのこと考えてくれてんだね。ありがとう。気付かなくて、ごめんね。私がちゃんと話していれば、ロキだってこんなことしなかったよね……」
カテリナ言葉が進むにつれて、ロキの瞳の潤みが増していく。そして最後には、透明な感情を零した。
「……たくさんお金が必要だと思って、どうにかならないかと思っていたら、昨日の夜あの人たちに声かけられたんだ……旅人が宿に泊まっていったから、その人のものを取ってくるの手伝ったらいっぱい報酬くれるって」
最近ロキが長時間外を出歩いていたのは、どうにかして金銭を得ようと手段を探していたということだったのだろう。そして“あの人たち”――旅人狩に出会った。
頬を伝って地面に落ちていく雫は、目の前にいる姉の姿さえも滲ませてゆく。何だかそのまま彼女の姿が、遠く手の届かない場所に消えていってしまいそうで、強く、ぎゅっと姉の腕を掴んだ。
「あのね、ロキ……お姉ちゃん、ロキに黙ってたことがあるの…………」
その言葉に、不思議そうな、不安そうな瞳で見上げてくるロキ。カテリナは一度深呼吸をすると、ゆっくりと内に秘めていた想いを紡いでゆく。
「……お姉ちゃんが勉強を頑張っていたのは、勿論好きだからっていうのもあるけど、もともとはロキにも学校へ行って欲しかったからなの。勝手な私のお願いだね。……ごめんね」
たったひとりの、弟へ――……
「そうすれば、ロキも学校に行けると思って……ロキと遊ぶ時間は、減っちゃったけど」
ロキは再び目に涙を溜め、俯いた。
「ねえちゃん……おれの、ために……」
「ごめんね。自分のなかで想うばかりで、私、何も伝えてなかった」
痛い程に握りしめられた手を解こうともせず、ロキの頬を片手でそっと撫でる。溢れて止まらない涙は、その手を濡らしていった。
「おれも、ごめん……」
唇を震わせて、擦れた声をどうにか絞りだして、自分の想いを伝える。
「……ありがとう」
――だいすきな、姉に。
「――もう、大丈夫だね……」
そう言ってカテリナは、優しくロキを抱き締めた。涙で服が濡れるのも構わずに、優しく、そっと。 ロキに対してか、それとも他の誰かにか、カテリナは微笑んで言う。それは大人の女性のように、甘く穏やかな微笑で――……
「……――これにて一件落着、ですかね」
そんな光景を見守りつつ、フレイアは静かに言った。
ロキは子犬のように大きな黒い瞳をさらに見開く。カテリナは逆に、彼のそれとよく似た目を細めた。
「……お姉ちゃん、ロキが心配で、行こうって決心がつかなかった」
「――……あ」
「ロキはまだ小さくて、悪戯っ子で手がかかって、お姉ちゃんがいないと駄目だと思ってた。でも、それは勘違いだったね」
困ったように笑むカテリナ。ロキの肩から手を降ろす。
「ロキはちゃんとお姉ちゃんのこと考えてくれてんだね。ありがとう。気付かなくて、ごめんね。私がちゃんと話していれば、ロキだってこんなことしなかったよね……」
カテリナ言葉が進むにつれて、ロキの瞳の潤みが増していく。そして最後には、透明な感情を零した。
「……たくさんお金が必要だと思って、どうにかならないかと思っていたら、昨日の夜あの人たちに声かけられたんだ……旅人が宿に泊まっていったから、その人のものを取ってくるの手伝ったらいっぱい報酬くれるって」
最近ロキが長時間外を出歩いていたのは、どうにかして金銭を得ようと手段を探していたということだったのだろう。そして“あの人たち”――旅人狩に出会った。
頬を伝って地面に落ちていく雫は、目の前にいる姉の姿さえも滲ませてゆく。何だかそのまま彼女の姿が、遠く手の届かない場所に消えていってしまいそうで、強く、ぎゅっと姉の腕を掴んだ。
「あのね、ロキ……お姉ちゃん、ロキに黙ってたことがあるの…………」
その言葉に、不思議そうな、不安そうな瞳で見上げてくるロキ。カテリナは一度深呼吸をすると、ゆっくりと内に秘めていた想いを紡いでゆく。
「……お姉ちゃんが勉強を頑張っていたのは、勿論好きだからっていうのもあるけど、もともとはロキにも学校へ行って欲しかったからなの。勝手な私のお願いだね。……ごめんね」
たったひとりの、弟へ――……
「そうすれば、ロキも学校に行けると思って……ロキと遊ぶ時間は、減っちゃったけど」
ロキは再び目に涙を溜め、俯いた。
「ねえちゃん……おれの、ために……」
「ごめんね。自分のなかで想うばかりで、私、何も伝えてなかった」
痛い程に握りしめられた手を解こうともせず、ロキの頬を片手でそっと撫でる。溢れて止まらない涙は、その手を濡らしていった。
「おれも、ごめん……」
唇を震わせて、擦れた声をどうにか絞りだして、自分の想いを伝える。
「……ありがとう」
――だいすきな、姉に。
「――もう、大丈夫だね……」
そう言ってカテリナは、優しくロキを抱き締めた。涙で服が濡れるのも構わずに、優しく、そっと。 ロキに対してか、それとも他の誰かにか、カテリナは微笑んで言う。それは大人の女性のように、甘く穏やかな微笑で――……
「……――これにて一件落着、ですかね」
そんな光景を見守りつつ、フレイアは静かに言った。