Story.5 小さな盗人(後編)
――日が傾いてきた。
「こっちに! 離れないで!」
仄かに赤らんだ光を受け、振り下ろされる太刀。それを籠から素早く引き抜いた矢の軸でいなすと後ろへ飛んで距離を取る。
「旅人狩に子供を使うなんてっ、感心できないなぁ……!」
「はっ、旅人狩も今じゃ頭使わなけりゃやってらんねぇからな! 旅人狩は単独行動って考えも捨てた方が身のためたぜっ!」
近距離戦は彼女の最も不利とするところだ。弓の強みはその射程距離であって、それが生かせなければ――――
(どうする……!)
身体は絶えず浴びせられる斬撃を避けつつ、頭では打開策を探す。背中を見せて逃げようとしたなら確実にやられる。少年を連れての一方的な防戦だけは避けたい。このままではやがて体力を消耗し動きが鈍くなってくるだろう。それでは相手の攻撃が当たるのも時間の問題だ。どうにかして、こちらも攻撃に転じられるような状況をつくらねば――――
横目で周囲を確認する。人通りのない小路。ふと、誰も住んでいないであろう家屋が目に留まった。壁には古い資材が立てかけられており、周りにはうず高く積まれたいくつもの木箱が放置されている。
――イチかバチかだ。相手の太刀筋を見極める。
「弓は……っ」
一度でいい。一度だけ隙を――!
「射るしかできないって考えも捨てた方が身のためです、よっ!」
「がッ……!」
弓を相手の首筋狙って叩きつける。直撃はしなかったものの相手を怯ませるには十分だったようで、その隙に矢を番えて足元を狙い数本放つ。一本だけ相手の腿へと突き刺さった。しかしこれで倒せるなどとは思っていない。少しだけ時間と距離が取れれば良かったのだ。稼いだ僅かなその時間で相手の間合いから外れ、廃屋に向かって走る。
「登って!」
積まれた木箱に足をかけると少年を先に行かせ、屋根へと上った。そして旅人狩が後を追えないよう矢を射って足場を崩しておく。
風が吹き抜けた。眼下に見えるのは夕陽に照らされた小路と腿から矢を引き抜き血を滴らせる男。――形勢逆転だ。相手の攻撃が届かないこの距離こそが、フレイアの間合い。
これでいつも通りに木の上から魔物を射る要領で狙えばいいのだ。勿論殺すつもりはない。圧倒的に不利な状況となれば相手も諦めるだろう。
「君は早く逃げて。反対側に降りれば人通りがあるはず……」
少年は頷く。恐らくあちら側にも何かしら足場になるようなものがあるだろう――――と、思ったその時だった。
「わあっ!?」
小路とは反対側へと走り出そうとした少年が転んだ。しかしまるで何かに引っ張られたような不自然な転び方で――フレイアは彼の足首を見、戦慄した。
その足に絡んでいたのは、光る橙色の糸。
「こっちに! 離れないで!」
仄かに赤らんだ光を受け、振り下ろされる太刀。それを籠から素早く引き抜いた矢の軸でいなすと後ろへ飛んで距離を取る。
「旅人狩に子供を使うなんてっ、感心できないなぁ……!」
「はっ、旅人狩も今じゃ頭使わなけりゃやってらんねぇからな! 旅人狩は単独行動って考えも捨てた方が身のためたぜっ!」
近距離戦は彼女の最も不利とするところだ。弓の強みはその射程距離であって、それが生かせなければ――――
(どうする……!)
身体は絶えず浴びせられる斬撃を避けつつ、頭では打開策を探す。背中を見せて逃げようとしたなら確実にやられる。少年を連れての一方的な防戦だけは避けたい。このままではやがて体力を消耗し動きが鈍くなってくるだろう。それでは相手の攻撃が当たるのも時間の問題だ。どうにかして、こちらも攻撃に転じられるような状況をつくらねば――――
横目で周囲を確認する。人通りのない小路。ふと、誰も住んでいないであろう家屋が目に留まった。壁には古い資材が立てかけられており、周りにはうず高く積まれたいくつもの木箱が放置されている。
――イチかバチかだ。相手の太刀筋を見極める。
「弓は……っ」
一度でいい。一度だけ隙を――!
「射るしかできないって考えも捨てた方が身のためです、よっ!」
「がッ……!」
弓を相手の首筋狙って叩きつける。直撃はしなかったものの相手を怯ませるには十分だったようで、その隙に矢を番えて足元を狙い数本放つ。一本だけ相手の腿へと突き刺さった。しかしこれで倒せるなどとは思っていない。少しだけ時間と距離が取れれば良かったのだ。稼いだ僅かなその時間で相手の間合いから外れ、廃屋に向かって走る。
「登って!」
積まれた木箱に足をかけると少年を先に行かせ、屋根へと上った。そして旅人狩が後を追えないよう矢を射って足場を崩しておく。
風が吹き抜けた。眼下に見えるのは夕陽に照らされた小路と腿から矢を引き抜き血を滴らせる男。――形勢逆転だ。相手の攻撃が届かないこの距離こそが、フレイアの間合い。
これでいつも通りに木の上から魔物を射る要領で狙えばいいのだ。勿論殺すつもりはない。圧倒的に不利な状況となれば相手も諦めるだろう。
「君は早く逃げて。反対側に降りれば人通りがあるはず……」
少年は頷く。恐らくあちら側にも何かしら足場になるようなものがあるだろう――――と、思ったその時だった。
「わあっ!?」
小路とは反対側へと走り出そうとした少年が転んだ。しかしまるで何かに引っ張られたような不自然な転び方で――フレイアは彼の足首を見、戦慄した。
その足に絡んでいたのは、光る橙色の糸。