Story.1 白の狂気
拾い上げ、少女と見比べる。光沢のある白い布地、紅い玉、それらを縁取る金。どう見ても身に纏うその服と揃いで作られたと思われる意匠であり、彼女の持ち物で間違いないであろう。しかしわざわざ起こして確認するのも可笑しな話だが、このまま眠らせておいていいものか。生きているとはいえ腹を空かせた獣、もしくはそれと同等の思考と品性をもつ者に見つかってしまえばただではすまないのは明白である。が――
(やっぱり普通じゃねぇ、よなぁ……考えすぎ?)
まるで物語の挿絵のような光景。これが本当に筆によるものであったならば、美に疎い自分でもしばらくは眺めていたかもしれない。しかしこれは物語でも絵でもなく現実なのだ。傷付き倒れていたわけではなかったのは心の底からよかったと思っているが、それならばまだ納得いく理由はいくらでもあった。しかし今度は疑問しかない状況になってしまった。
(――いや、やっぱおかしいだろ!)
幼な子の午睡を思わせる無垢な寝顔に、一瞬そんなこともあるかもしれないと流されかけてしまった。緑に映える白があまりに画として完成されていたため気づかなかったが、よく見れば服装は魔導士の雰囲気がある。実は名の知れた魔導士でそこらの獣など相手にならないほどの実力者であるとか――……だとしたら、隠す気もないこの気配で起きないはずはない。
「これ……どうするよ……」
困惑を極め思わず声が漏れる。人気もなく、通常ならば立ち入る必要性もなく、安全も保証されない場所で無防備に眠る白い少女。何一つ掴めない状況のなか、分かるのは明らかに異常ということだけ。清らかとも言える風景が異常であるという歪な状況に、危険はないはずであるにもかかわらず警告も似た感覚が明滅する。――いや、本当に彼女に危険がないと言えるか? “彼女が危険な目に遭う”という意味ではなく――
――“彼女自身が危険”という可能性。
これ以上、関わるべきだろうか。生死の確認はしたのだから、通りすがりとしてはもう十分ではないか? いくらなんでも夜までままだとは考えづらい。適度なところで勝手に起きて、彼女なりの目的地へと向かうだろう。今ならまだ引き返せる。誰にも見られてはいないし、彼女も目を覚ましていない。この場は立ち去ることにするか――それとも。歩み寄り、とりあえず帽子を彼女の手元に置こうと屈む。草の上に流れる銀の髪に周りに咲く花の色が映り込んでいた。――いや、違う。
「――……」
それは、目を奪う色彩。白銀に踊る二色の光。彼女の髪はただの銀髪ではなかった。光の加減で撫子の花びらにも、浅瀬の水にも色を変えていたのだ。思わず息を呑む。このような不思議な髪を目にしたのは、初めてであった。不思議であり、そして、とても――
「ん……」
微かに震える睫毛。陽光は二つの色となってその上できらきらと遊び、ややあって、少女の瞼が動いた。ゆっくりと、ゆっくりと、それを開く。
現れたのは――黄金の瞳。
「――……ん、ぅ」
起こしてしまったのか、それとも自然なものであったのか――少女は、目覚めた。
「――……?」
彼女は身を横たえたまま、ぼんやりとした眼差しを虚空へと向けている。暫しの静寂。心臓が三、四回の鼓動。そして、ふと彼と視線が交わった。
「きゃ……!?」
瞬間、目を見開いて飛び起きると地面に座ったまま後退りった。突然のことに驚く少年を少女は睨む。
(……すげー警戒してる)
こちらをじっと睨み続ける彼女。
――肩が、小さく震えていた。
(……いや――怖がってる?)
満月のような瞳を染めるのは敵意に近い強い怯え。その姿はまるで捕食者と遭遇した小動物を連想させた。彼自身は何もしていないとはいえ、ここまで少女を怖がらせてしまったことに対し自己への嫌悪が滲む。とりあえず半歩距離をとって、目線を合わせた。
「……悪い、驚かせたよな」
なけなしの愛想を総がかりさせて笑いかける。が、それでも笑顔というよりは苦笑に近いことを自覚するのだった。
(慣れないことはするもんじゃねぇな! マジで……!)
と、声に出したい心境であったがそうも言っていられない。
(やっぱり普通じゃねぇ、よなぁ……考えすぎ?)
まるで物語の挿絵のような光景。これが本当に筆によるものであったならば、美に疎い自分でもしばらくは眺めていたかもしれない。しかしこれは物語でも絵でもなく現実なのだ。傷付き倒れていたわけではなかったのは心の底からよかったと思っているが、それならばまだ納得いく理由はいくらでもあった。しかし今度は疑問しかない状況になってしまった。
(――いや、やっぱおかしいだろ!)
幼な子の午睡を思わせる無垢な寝顔に、一瞬そんなこともあるかもしれないと流されかけてしまった。緑に映える白があまりに画として完成されていたため気づかなかったが、よく見れば服装は魔導士の雰囲気がある。実は名の知れた魔導士でそこらの獣など相手にならないほどの実力者であるとか――……だとしたら、隠す気もないこの気配で起きないはずはない。
「これ……どうするよ……」
困惑を極め思わず声が漏れる。人気もなく、通常ならば立ち入る必要性もなく、安全も保証されない場所で無防備に眠る白い少女。何一つ掴めない状況のなか、分かるのは明らかに異常ということだけ。清らかとも言える風景が異常であるという歪な状況に、危険はないはずであるにもかかわらず警告も似た感覚が明滅する。――いや、本当に彼女に危険がないと言えるか? “彼女が危険な目に遭う”という意味ではなく――
――“彼女自身が危険”という可能性。
これ以上、関わるべきだろうか。生死の確認はしたのだから、通りすがりとしてはもう十分ではないか? いくらなんでも夜までままだとは考えづらい。適度なところで勝手に起きて、彼女なりの目的地へと向かうだろう。今ならまだ引き返せる。誰にも見られてはいないし、彼女も目を覚ましていない。この場は立ち去ることにするか――それとも。歩み寄り、とりあえず帽子を彼女の手元に置こうと屈む。草の上に流れる銀の髪に周りに咲く花の色が映り込んでいた。――いや、違う。
「――……」
それは、目を奪う色彩。白銀に踊る二色の光。彼女の髪はただの銀髪ではなかった。光の加減で撫子の花びらにも、浅瀬の水にも色を変えていたのだ。思わず息を呑む。このような不思議な髪を目にしたのは、初めてであった。不思議であり、そして、とても――
「ん……」
微かに震える睫毛。陽光は二つの色となってその上できらきらと遊び、ややあって、少女の瞼が動いた。ゆっくりと、ゆっくりと、それを開く。
現れたのは――黄金の瞳。
「――……ん、ぅ」
起こしてしまったのか、それとも自然なものであったのか――少女は、目覚めた。
「――……?」
彼女は身を横たえたまま、ぼんやりとした眼差しを虚空へと向けている。暫しの静寂。心臓が三、四回の鼓動。そして、ふと彼と視線が交わった。
「きゃ……!?」
瞬間、目を見開いて飛び起きると地面に座ったまま後退りった。突然のことに驚く少年を少女は睨む。
(……すげー警戒してる)
こちらをじっと睨み続ける彼女。
――肩が、小さく震えていた。
(……いや――怖がってる?)
満月のような瞳を染めるのは敵意に近い強い怯え。その姿はまるで捕食者と遭遇した小動物を連想させた。彼自身は何もしていないとはいえ、ここまで少女を怖がらせてしまったことに対し自己への嫌悪が滲む。とりあえず半歩距離をとって、目線を合わせた。
「……悪い、驚かせたよな」
なけなしの愛想を総がかりさせて笑いかける。が、それでも笑顔というよりは苦笑に近いことを自覚するのだった。
(慣れないことはするもんじゃねぇな! マジで……!)
と、声に出したい心境であったがそうも言っていられない。