Story.4 小さな盗人(前編)



「え、茶色の髪に黒い目の帽子を持った男の子……?」
「はい、見かけませんでしたか? ……私の、弟なんですけど……」
「そうさねぇ……」
 再び住人に訊き込みを開始したハールとカテリナ。今までの結果から言って、簡単に見つかるはずはない、が――
「見たよ。多分あの子だろう? 元気そうな大きい目で……」
「「本当ですか!」」
「おぉ!?」
 二人に詰め寄られ、あまりの迫力に一歩退く花屋の女主人。しかしカテリナはさらに彼女を覗き込んで問い詰める。
「いつですか!?」
「え、えぇと……」
「いつ、どこでですか!? ここを通ったんですか!?」
「あ、え、その……」
「カテリナ! ちょっと落ち着け、な!」
「あ! す、すみません!」
 ハールの声に、今にも掴みかからんばかりに激しく追及していたことに気付くカテリナ。少々冷静さを欠いていたようだ。
「弟のこととなると、つい……」
 カテリナの詰問から逃れてほっと息をつくと、女性は指を顎に当て、記憶の糸をたぐる。     
「うーん……いや、ついさっきの話だよ。白い帽子を持って丁度店の前を通ってったんだけどね。それで確か、すごく綺麗な髪の女の子……不思議な銀髪で――」
「不思議な銀髪!?」
「おぉっと!?」
「ハールさん! ちょっと落ち着きましょう!」
「あ、すみません……」
 先ほどのカテリナと全く同じ反応である。慌てて一歩後ろに下がると、今度は普通に質問をする。不思議な銀髪、なんて言ったら、思い当たる人物は一人しかいない。あんな髪を持っている人間は、そうそういるものではない。あれを『不思議な銀』と呼ばないで、一体何と呼ぶのか。花屋の女性はその少女が帽子の持ち主だとは知りえないはずである。なのに、どうして彼女が話にあがるのか。
「その不思議な銀髪の女の子が、どう関係あるんですか?」
 今までとは明らかに違うハールの様子に、カテリナはただ、彼を見上げるだけである。
 女性もそんなハールに驚きつつも、自分にできる限りの的確な情報を伝えようと、こめかみを手で押さえて考える。     
「えぇと、確かその女の子の――――…………」
「――――――え?」
 ハールは彼女が口にした言葉に、目を見開く。     
 それはあまりにも――――彼の意表を突くものだったからだ。







「やーっぱりね……」
 建物の陰で、ぽそりと呟いた少女が一人。
「まさかとは思ってたけどー……」
 そこは道を行く人々からは丁度死角になっていて、身を隠すには適している場所だった。そんな場所が、この町には山程ある。独特の入り組んだ作りは隠密行動にはうってつけだ。例えばこんな――
「ビコウ、……とかねっ」
 少女は煌めく金髪をなびかせて、人波から外れた道へと走っていった。







 リセは大通りを一本外れた小路を歩いていた。煉瓦で舗装された感じの良い路地ではあるが、人気はあまりない。しかしこういったところだからこそあの少年がいるのではないかと、辺りを見回しながら進んでいった。
「ふあーぁ……」
 なんだかぽかぽか陽気で眠くなってきた。周囲の雰囲気も手伝って、ついのんびりと散歩をしているかのように感じてしまう。
 今通り過ぎた家の前には鉢植えが置いてあり、そこに咲いた花の周りを綺麗な蝶が数匹舞っていた。……状況を忘れてしまう程、平和である。
「……いやいや、のんびりしてる場合じゃないって」
 自分に軽く喝を入れると、気を引き締めて、再度探索に勤しむのだった。






 花屋を後にし、女性からの“手掛かり”を頼りに再び探索へと赴くハールとカテリナ。二人で並んで歩くのもやや慣れてきたが、端から見れば十代前半と後半の明らかに血の繋がっていない男女というのはなかなか稀な組み合わせかもしれない。上流階級であれば歳の離れた婚約者ということも有り得るが、それなら一回りは差があることも少なくない。間違いなくそうは見られないだろうが。
「お連れの方、不思議な髪ってどんな髪なんですか?」
――そんな思考の片隅で二色の光が踊る銀髪が振り返り、ふにゃりとした笑みを見せた。
「……光の加減で桃色に見えたり水色に見えたりする銀髪」
「それは不思議ですね」
目を丸くするカテリナ。そして少しの間考える素振りをすると、やがておずおずと切り出した。
「……あの、気を悪くされないでくださいね。その……かなり目立ちますよね?」
「目立つな。街中だと結構見られてる。本人気付いてないみたいだけど」
ふにゃりと抜けた笑みが、優しい微笑みに溶けて変わる。見られているのは、髪のせいだけではないだろうが――――。
「ハールさん、一つ案があるのですが」
その言葉で脳裏に浮かんだ少女は掻き消え、思わず声の主を見やる。
「ロキ相手には使えない手だと思っていたのですが……」
顎に小さな指先を添え、目線を落とすカテリナ。
「どうやら、その方を捜す方が近道みたいですから」
 ――見上げられれば、そこには頼もしい笑みがあったのだった。
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