Story.4 小さな盗人(前編)

「……私、ある理由で旅をしているんです」
「……そう見えるね」
「それで、いつも一緒にいてくれる人たちが……いるんです」
 微かに、俯いて。
「二人は、武器を持っていて、強くて……ちゃんと戦えて……」
 脳裏を過るのは、どこか不器用な碧眼の少年と、澄んだ蒼い瞳に、鮮やかな光を踊らせる少女――――        
 最初は状況に流されて、何も思わなかった。初めて『魔物』を見た時、ハールだけが戦っていたことに。

 その時のことは何故か覚えていないけど、大方、恐怖で頭が真っ白にでもなっていたのだろう。ハールはそう言うのを憚って、何も教えてくれなかったのだろうと、今なら考えられる。

 二回目、魔物と遭遇した時。当然であるかのように、自分はハールの後ろに隠れているだけだった。何の疑問にも思わずに。   

 そう、彼が危なくなったあの時、何故、自分は自らの手で彼を助けたいと思わなかったのか。                 
 ――もしかしたら自分は、力の無いことが、当たり前だと思い込んではいなかったか?
 フレイアが囮になってペンダントの元へと行かせてくれた時、確かに自らの非力さを悔やんだ。無力さを呪った。
 ――しかしそれを諦め、『受け入れて』しまっていなかったか?
 記憶を失っているから何もできないなんて、そんなの嘘だ。フレイアは自分よりも年下なのに、立派に武器を使いこなし、実際、窮地に陥った時に助けてくれた。
 そして、彼女と出逢ったから、気付いた。その時胸にくゆれた、『悔しさ』に。
 自分はハールを助けるどころか、何もできなかったのに、彼女はできた。自分は旅の仕方なんてまったく分からないのに、彼女は知っていた。昨日、自分は地図が読めなかった。しかし彼女は地図が読めた。――そう、あの時、今思い返せば、確かに『悔しかった』のだ。
 彼の助けに、なれなかった自分が。同じ場所に、立っていなかった自分が。 
 だが、現に自身は、ハールのように、フレイアのように、自分の足で地の上を歩き、笑い、想いを伝える言葉を知っていて、一緒に旅ができる。
 一体、何が違うのだ? 
「私、は……戦えなくて……ただ、邪魔にならないようにするだけで……」 
 ――違わない。何も。何ひとつとして、違わない。できないはずはない。それに気付いた今なら――――
 もう、逃げられない。 
「ただの、足手まといで……自分の身すら守れない……」
 老人は、黙って話を聞いていた。
 店内を満たす静寂。そこにリセが落としていく言葉が、波紋のように広がる。
「私の為に一緒に旅してくれてるのに……迷惑ばっかりかけてる気がして……」
 『かけてる気が』ではなく、きっとかけている。だけど、彼は優しいから――……自分を放っておくなんて、できないから。知り合ってしまったなら、尚更。もう、戻れないのだろう。
 だったら、せめて。

「私も、戦えるように……!」

 彼を巻き込んでしまったことに対しての、自己満足の償いかもしれない。
「みんなを守れるようにとまでは言わないから……」

 でも、それでも。   

 もう、彼の優しさに甘えるのは、止める。精一杯、返すんだ。『助ける』なんてまだ無理だ。
 だけど、だけど返すんだ。ほんの、ほんの少しでも。

 想いと、

「だから、せめて……!」

 チカラで――――……!

「――……そうかい」
 一気に感情を吐露していたリセの言葉は、老人の穏やかな声によって途切れた。別に、遮られたという訳ではない。ただ、もうわかったから、言わなくていい――そう言われているような気がした。
「……すみません、つい」
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