Story.4 小さな盗人(前編)




 ――カランカラン。

 頭上で微妙にくぐもったベルの音が鳴った。初めて“一人で店に入る”という体験に緊張しつつ、ギィ、と軋む扉をそっと閉める。リセの他に客は見当たらない。窓から陽光が差し込んでいるにもかかわらず、店内は薄暗かった。しかし斜めに伸びる陽の光に埃がきらめいていることはなく、全体的に古びてはいるもののよく掃除されているのが分かった。
「こ、こんにちは……」
 客どころか店の者の姿さえ見えないことに戸惑いつつも、周りに所狭しと陳列されている商品に目を向ける。そしてその内の一つに歩み寄り、まじまじと見つめるリセ。その目に映っていたのは――

「――お嬢ちゃん、剣に興味があるのかい」

「――ひっ!?」
 突如、背後から声。リセはびくりと身体を震わせると素早く振り返る。
 そこには、白髪がほんの少しばかり寂しくなった老人がカウンターに座っていた。気難しげな深い緑の瞳をこちらに向けている。 はじめからいたのだろうか、気配がまったく感じられなかった。
「はっは、そんな魔物に出会ったみたいな声を出すない……いらっしゃい。老いぼれグリッドの武器屋へようこそ」
「あ、はい……す、すみません、つい、びっくりして……」
 厳めしげな顔とは裏腹に優しい声で老人は言うと、目尻に刻まれた何本もの皺をさらに深めて笑った。
「あんたみたいな可愛いお嬢ちゃんが来るのは珍しいねぇ」
 彼はどっこらしょ、とお決まりの台詞を言って椅子から立ち上がりカウンターを出ると、リセの隣に立つ。かなり年月を重ねた身体で彼女よりは少しだけ身長が低かったが、背は曲がらず、どこか頼もしい感じがした。
「この剣かい?」
 老人はリセが見つめていた剣を手に取る。その剣は変わった形で、柄からは刃ではなく、大きな針のようなものが伸びていた。
「これは『レイピア』という剣でね、斬るのではなく、刺すことを目的として造られた剣なんだよ」
 持ってみるかい、と差し出されたので、リセはそれを受け取った。が――――
「――……ッ!」
 ずしりと重みが腕にかかり、つい身体を折り曲げてしまった。想像していたよりもはるかに重量がある。老人はまた「はっは」と笑い、リセからレイピアを受け取った。
「他の剣よりは軽そうに見えただろう」
 老人がそれを元の位置に戻しながら言った。
「実際は他の剣とさほど変わらない。でもこれは軽量型だから、あんまり実戦向きではないね」
 つまり、練習用ということか。練習用でこれということは、真剣など到底――
「そう、なんですか……」
「他にも見てみるかい、弓とか」
 そう言ってリセに背を向け、別の棚へと歩み寄ろうとした、が。
「…………あの」
 ふいに唇から零れた声に、引き止められる。
「何だい」
 今までとは少し違う声色に、老人は弓の棚へと遣っていた視線をリセに向けた。
「私……、私にも扱える武器はないんでしょうか!?」
 老人の目に映ったのは、金の瞳に強い感情を灯した少女だった。
「……訳有りかね、お嬢ちゃん」  
老人は目を細めて彼女の表情を窺う。見られているのは顔だったのだが、もっと奥の、別のものを探られているような気がした。
「えと、その――」
なんと答えたらよいものか。口ごもったその瞬間。ふいに、長く時を重ねた大樹と相対しているかのような感覚に呑まれた。薄暗い店内であるにもかかわらず、木漏れ日を揺らすそよ風が吹いているかと錯覚する。あたたかくありながらも背筋が伸びるような空気、穏やかさと鋭さを湛えた、真っ直ぐな眼差し。
「私、は……」
 ――気付けば、唇から声が零れていた。
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