Story.4 小さな盗人(前編)
「あ……!」
リセは少年に似た後ろ姿を見つけ、駆け寄ろうとした、が――――。
「……あ」
振り向いた顔は、違っていた。
「またはずれかぁ……」
もう何度目かの間違いに、思わず溜め息を零す。しかし落胆している暇などない。再度気を取り直して歩を進める。
流れていく町並み。すれ違う人々は老若男女様々で。小さな男の子と手を繋いで歩く母親、長いパンの入った紙袋を抱えて歩く老婆。そして、他愛の無いお喋りをしながら歩くリセと同じ位の年頃の少女達――……。
――自分も記憶を失う前はああやって日々を過ごしていたのだろうか。彼女達とすれ違った瞬間にふと思い、何となく目で追ってしまった。
少女達は店の前で立ち止まると飾られている服を見て、色がもっと薄い方がいいだの、裾の広がり方が可愛いだの、結局は買わないくせに色々と意見を言い合っていた。そして別段おかしくもないことで笑い合う。
――なぜだか、まるで別の世界のことのように感じられた。それこそ、あの飾り窓の硝子で隔てられているかのように。別に、羨ましく思ったわけではなかった。それは本当の気持ちだ。もし自分が一瞬でもそう思っていたなら、自分で自分を軽蔑する。
これ以上、求める何かがあるというのか? 共にいてくれる者がいる。記憶以外にも無いものが数多くある自分に、手を差し伸べてくれる者がいる――それだけでも、奇跡的なことなのだ。
しばらく店の前ではしゃいでいた少女たちは、軽やかなベルの音を鳴らし、そのドアの向こう側へと姿を消した。かしましい声が消えると、思考の世界から現実に引き戻される。どこか逃げるように、目線を店から外した。
「あ……」
驚きと期待の入り混じった声。洋品店を視界から外すと、次に瞳に映ったのはとある一軒の店だった。歩み寄って軒先に吊るされた錆びた金属のプレートを読み、そこが何屋なのか改めて確認する。
「少しだけなら……いいよね」
そして、リセは古ぼけた木の扉を押した。