Story.1 白の狂気

「……え?」

 茂みの向こう側は日光を遮る樹木もまばらな、森の中では比較的明るく開けた場所だった。別にそれだけなら何も驚くことはない。
 ――――だが、

「な……?」

 あったのだ。……否、『いた』のだ。驚くような、モノが。                 
 白い、少女。それが、第一印象だった。

 陽射しを受けて淡い光沢を纏う純白の衣服が野草の上に広がり、その裾からは、赤いリボンが巻かれた服と同色のブーツを履く白い脚が覗いている。そして何よりも目を引くのは見事な銀髪だ。身を起こせば腰まで届くであろうそれは、草上をしなやかに流れている。――そんな一人の少女が、自分の数歩先に身を横たえていたのだ。長い睫毛に縁取られた瞼は閉じられており、彼女は眠っているようである。……というより、“ただ眠っている”だけでなければ困る。
(……まさか死んでる、なんてことは――) 
 外傷は見当たらないものの完全に否定はできない可能性に背筋を冷たいものが走る。まず浮かんだのは、見なかったことにして引き返すという選択肢。自分には無関係なのだから、けして間違いではないはずだ。
(……面倒事に巻き込まれたらまずいしな)
 あまり目立つようなことはできない。しかし、傾いた天秤が不意に揺れる。その選択をしたという事実が常に思考にあるいうことはないだろう。ないだろうが――それでも。
(……「あの時、ああしていればよかった」とか――)
 ふとした瞬間に自分はきっと想像する。――赤く汚れた白い少女を。もし、もう彼女が呼吸をしていないとしたら。恐らくこのままでは埋葬もされず花も手向けられず、遅かれ早かれ獣に喰い散らかされるだけだ。
(……もう、後悔は、したくない)
 意を決して、眠っている――だけだと思いたい――少女にそっと近付く。……小さな寝息が聞こえた。規則正しいその音は少女が確かに生きているという証であり、彼は安堵の息をついた。しかし、つい先程このまま眠ったら気持ちいいだろうとは思ったが、本当に寝る奴がいるか。人に害なす生物も生息する森のど真ん中だ。眠っているだけにしても危険も不自然も極まりない。度を越した能天気なのか、疲れ切って倒れてしまったのか、それとも普通では思いつかないようなわけでもあるのだろうか。いや、わけあって森のど真ん中で寝るってなんだ。そんな疑問は募るが、とりあえず死体の第一発見者にはならずにすんだことは喜ばしい。少しばかり緊張が解け少女から視線を外すと、草に覆われた緑の地面には不似合いな白い何かが目の端に映った。
「帽子……?」
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