Story.2 優しさの代償
「……ねぇ、ハールってほんとお人好しよね」
「何だよ突然」
彼女はくすくすと面白い悪戯を思い付いた子供のように笑った。しかしそれは何故か、『無垢ではないと思わせる何か』が奥に含まれているような――。
「昨日の今日会った人間のためにグレムアラウドまで行くことになっても嫌な顔一つしないの」
「お前がさせなかったんだろ」
「あら、そうかしら」
スカートが夜風に靡く。その風に雲が流されて、満月は溶けるように宵闇に消えた。辺りがさぁっと闇くなる。
「人の面倒を見ていたら、結局自分も巻き込まれて損する質よね」
「……損するかどうかは、まだ決まってないだろ」
「……そうね」
ふわりとヴェールを波打たせ、夜空を見上げた。ハールには背を向ける格好になる。
「ハール……前に過去を全て変えられるような奇跡が欲しいって言ってたでしょ」
――何だか、今日の彼女は様子がおかしい気がした。突然、突拍子もない昔のことを話す。
――おかしい?……いや、これがもしかしたら本当の――……?
そんなことを考えた自分の方がおかしいと、ハールはその思考を振り払う。
「……またそんな昔のことを唐突に……よく覚えてたな、そんなの」
「覚えてるわ。だってあの時の顔、真剣だったもの」
「……で、それが?」
振り向くココレット。顔にかかったヴェールと月明かりが無いせいで、表情は分からなかった。
「ちょっと真面目なこと言うけど……笑わないでね?」
「何で真面目なのに笑うんだよ」
その言葉に微かに目を細めるココレット。表情を隠すヴェールの下で、一瞬だけ頬が緩んだ。しかしすぐに元の硬いそれへと戻る。「……それもそうね」
雲が月の上から退き、月光が二人に降り注ぐ。
――その光を浴びたココレットを、思わず綺麗だと思ってしまった自分に驚いた。
「……奇跡って、偶然に起こるものじゃなくて、自分で起こすものだと思うの。待ってるだけじゃ、絶対何も起こらない」
ハールは黙って、その話に耳を傾ける。
「……植物の種みたいなものじゃないかしら。肥料をあげて、水やりを怠らなければ、必ず綺麗な花を咲かせてくれる……ねぇ、ハールの『キセキ』はまだ蕾なだけかしら? それとも……」
ブラウンの双眸が、碧の瞳を射抜く。
「何もしていなくて、芽もでていないのかしら」
「――――……ッ」
予想外の意思の強い瞳に、時間が止まったかのように感じられた。
「何もしないで奇跡が欲しいと言うのは……ただの我儘だと、思うわ」
再び訪れる、数秒間の静寂。森の木々が、風に鳴いた。
「……なんてね」
ココレットは今さっきのことが嘘だったかのように明るく笑った。
「ごめんなさい、変な話して。今日私、どうかしてるわね」
「いや……」
そうは言ったものの、いつもとどこか違うココレットの雰囲気に戸惑っていたのは事実だった。どうにも居辛い空気に、そろそろ退散することに決める。
「……オレ、家入るわ」
「分かった。私はもう少しだけ外にいるから」
「早めに入れよ?」
「うん、ありがとう」
そして、一拍置いて。
「いってらっしゃい」
一瞬歩を止めるハール。
いつもの、おっとりとしたココレットの声だった。それに対する言葉を返す。何年も言わなかったように感じる、その言葉。もしかしたら、本当に言っていなかったのかもしれない。
――言葉を背に、扉に手を伸ばした瞬間だった。
「――お姉ちゃんっ、ハールっ!」
「うわ……ッ!」
――突然目の前の扉が開き、レイシェルが飛び出してきた。
「びっくりした……どうした?」
駆け寄ってくるココレットと目を見開くハール。そして、レイシェルは焦りを露わに言った。
「……――リセが、いない」
To the next story……
originalUP:2007
remakeUP:2012.7.31
「何だよ突然」
彼女はくすくすと面白い悪戯を思い付いた子供のように笑った。しかしそれは何故か、『無垢ではないと思わせる何か』が奥に含まれているような――。
「昨日の今日会った人間のためにグレムアラウドまで行くことになっても嫌な顔一つしないの」
「お前がさせなかったんだろ」
「あら、そうかしら」
スカートが夜風に靡く。その風に雲が流されて、満月は溶けるように宵闇に消えた。辺りがさぁっと闇くなる。
「人の面倒を見ていたら、結局自分も巻き込まれて損する質よね」
「……損するかどうかは、まだ決まってないだろ」
「……そうね」
ふわりとヴェールを波打たせ、夜空を見上げた。ハールには背を向ける格好になる。
「ハール……前に過去を全て変えられるような奇跡が欲しいって言ってたでしょ」
――何だか、今日の彼女は様子がおかしい気がした。突然、突拍子もない昔のことを話す。
――おかしい?……いや、これがもしかしたら本当の――……?
そんなことを考えた自分の方がおかしいと、ハールはその思考を振り払う。
「……またそんな昔のことを唐突に……よく覚えてたな、そんなの」
「覚えてるわ。だってあの時の顔、真剣だったもの」
「……で、それが?」
振り向くココレット。顔にかかったヴェールと月明かりが無いせいで、表情は分からなかった。
「ちょっと真面目なこと言うけど……笑わないでね?」
「何で真面目なのに笑うんだよ」
その言葉に微かに目を細めるココレット。表情を隠すヴェールの下で、一瞬だけ頬が緩んだ。しかしすぐに元の硬いそれへと戻る。「……それもそうね」
雲が月の上から退き、月光が二人に降り注ぐ。
――その光を浴びたココレットを、思わず綺麗だと思ってしまった自分に驚いた。
「……奇跡って、偶然に起こるものじゃなくて、自分で起こすものだと思うの。待ってるだけじゃ、絶対何も起こらない」
ハールは黙って、その話に耳を傾ける。
「……植物の種みたいなものじゃないかしら。肥料をあげて、水やりを怠らなければ、必ず綺麗な花を咲かせてくれる……ねぇ、ハールの『キセキ』はまだ蕾なだけかしら? それとも……」
ブラウンの双眸が、碧の瞳を射抜く。
「何もしていなくて、芽もでていないのかしら」
「――――……ッ」
予想外の意思の強い瞳に、時間が止まったかのように感じられた。
「何もしないで奇跡が欲しいと言うのは……ただの我儘だと、思うわ」
再び訪れる、数秒間の静寂。森の木々が、風に鳴いた。
「……なんてね」
ココレットは今さっきのことが嘘だったかのように明るく笑った。
「ごめんなさい、変な話して。今日私、どうかしてるわね」
「いや……」
そうは言ったものの、いつもとどこか違うココレットの雰囲気に戸惑っていたのは事実だった。どうにも居辛い空気に、そろそろ退散することに決める。
「……オレ、家入るわ」
「分かった。私はもう少しだけ外にいるから」
「早めに入れよ?」
「うん、ありがとう」
そして、一拍置いて。
「いってらっしゃい」
一瞬歩を止めるハール。
いつもの、おっとりとしたココレットの声だった。それに対する言葉を返す。何年も言わなかったように感じる、その言葉。もしかしたら、本当に言っていなかったのかもしれない。
――言葉を背に、扉に手を伸ばした瞬間だった。
「――お姉ちゃんっ、ハールっ!」
「うわ……ッ!」
――突然目の前の扉が開き、レイシェルが飛び出してきた。
「びっくりした……どうした?」
駆け寄ってくるココレットと目を見開くハール。そして、レイシェルは焦りを露わに言った。
「……――リセが、いない」
To the next story……
originalUP:2007
remakeUP:2012.7.31