Story.2 優しさの代償
今宵は、満月だった。そのせいで、普段の夜より明るく感じられる。
ハールは家の外、庭にいた。外気を吸いたくなったのと、「あんな事」があったばかりであったからレイシェルと顔を会わせにくかった、というのもある。
「……ハール?」
ふいに、聞き慣れた女性の声が耳に届いた。
「ココ……」
彼女はしゃがんで、花壇に手を添えていた。レイシェルと違い、仕事着とヴェールを纏ったままである。ハールは何と無く会話を続ける為にありきたりな言葉をかけた。
「あんまり長く外にいると風邪ひくぞ?」
「……ハールこそ」
「お前の方が薄着だろ」
「……ん、平気」
ハールは、目線を彼から花壇に戻したココレットに歩み寄る。
「ハーブ、全部中に入れたのか?」
「うん。寝てる間に雨とか降ったら嫌だからね」
涼やかな風が、二人の間を緩やかに通り抜けていった。
「……何見てんだ?」
「蕾、もうすぐ咲きそう」
彼女の後ろからそれを覗き込む。沢山の蕾の中で一本だけ、今にも咲きそうに先が赤く染まった蕾があった。
暫し途切れる会話。今夜に限っては何故か静寂が耳に痛く感じ、ハールは浮かんだ言葉を口にする。
「最低、だとさ。レイが」
苦い笑みを零す。それは自然と出たもので意味などなく、自嘲と呼べるものではない。
「ふーん……」
興味があるのかないのか、気のない返事をするココレット。
「まぁ、誰のことかは訊かないけど」
――わかっているから。
そんな含みがあったような気がして、ハールは何も言えなくなる。
「……何を言ったの?」
言いながら、ココレットは一番近くに咲いていた花の花弁に指でそっと触れる。その様子だけ見れば、花に語りかけているようにも見えた。
「酷いことは、何も」
「ほら、それよ」
微かな嗤いと溜め息と共に吐き出された指摘に、ハールは訳がわからないという風に眉を顰めた。
「優しくされた方の気持ちも考えてよ」
――さらに理解が遠退いた。
「優しく、なんて」
「無意識? ますます質が悪いわね」
意味を計りかねる。とりあえず明らかである『優しい』という部分の否定だけはしたものの、ココレットの声は冷たかった。
「貴男の優しさは、誰かを傷つけてその上に成り立っていること、忘れないで」
そう言うと立ち上がるココレット。