Story.2 優しさの代償




 心臓が跳ねた。

 先ほどの温かい気持ちは跡形もなく掻き消え、まるで水を浴びせられたように全身から温度が奪われていく。
「――――……」
 ハールにはハールの生活があるんだ。ハールの『今まで』があるんだ。
 そしてレイシェルにも。ココレットにも、フレイアにもある。

 ――私に『今まで』は、ない。そして、彼らのそれを壊す資格も、ない。

 リセは部屋より漏れる光から外れ、音を立てないようそっと後ろへ下がるとそのまま家の出入り口へと向かった。
 自分という異物が入ったことで、彼らの日常が変わってしまう。
 そんなことが許されるわけない。何よりも自分が許せない。それなのにその原因が自らにあることを思うと、存在に生理的な嫌悪感すら覚えた。
 突然現れた、『何』かもわからない、平穏を乱す存在。
 改めてそう認識すると、胸からは吐き気が、目頭からは熱いものが込みあげてきた。
 不快感に耐えられずにしゃがみ込む。口元を押さえた手が小さく震えた。
 彼女は暫くそのまま蹲っていたが、ゆっくりと壁に片手をつくと頼りない足取りで立ち上がった。金の瞳には、強い光を灯して。

 この家までの道を戻ってみよう。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない。
 
 もしなかったとしても――……このままじっとしているより、ずっとマシだ。
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