Story.2 優しさの代償
あの後、三人はフィール姉妹に夕飯をご馳走になり、現在ココレットは外にあるハーブの植木鉢をいくつか取り込みに、リセとフレイアは二階で休んでいる。
フレイアは月明かりが差すベッドに横たわり、リセはその隣に腰を下ろしていた。ココレットが宛がってくれたその部屋は、遠方から来た客が宿泊するために使うらしい。綺麗に掃除されており、サイドテーブルには花が一輪生けてあった。
「……ねぇ、フレイア」
「んー?」
「……今日は、助けてくれてありがとう」
フレイアは上体を起こし、リセに顔を向ける。
「昼間、ちゃんとお礼言ってなかったから」
柔らかな笑顔。そこには出会ったときに向けられた硬質さは窺えなかった。フレイアは、その表情に口角を持ち上げる。
「……どういたしまして。でも、お礼ならハール君に言いなよ」
リセの方を向き座り直すと、可愛らしく小首を傾げた。
「見つけたのがハール君じゃなかったら、もしかするとリセ――」
青い瞳に、ゆらりと月の光が揺れる。
「――生きてなかったかもよ?」
どくり、と心臓が脈を打った。
獲物を目の前にした若い猫のように鋭く、恋人を誘うような蠱惑的な青い眼差し。背筋を這う言い知れぬ感覚が瞳を逸らさせず、見つめ合うこと幾何か。もしかしたら一瞬のことだったかもしれないし、数分だったかもしれない。
「――……っ」
呼吸を止めていたことに気づき、リセは浅く息を吸った。
「……あはっ、ごめんねー、怖がらせるつもりじゃなかったんだけど」
子供のような惜しげもない笑みを浮かべるフレイア。先ほどの面影は、跡形もなく消えていた。
「でも本当のこと。ハール君が優しかったから、今、アタシはリセとこうやって話していられるんだよ」
明るい笑顔を向けられ、リセの形容しがたい緊張も解けていく。
その通りだ。もし自分を見つけてくれたのがハールでなかったら、どうなっていただろう。もし誰の目にも触れることなく一人で目を覚ましていたら、どうなっていただろう。一人で森を彷徨い続け、その末は……?
――そう、確かに自分は、彼に命を救われたのだ。
自分を取り巻く幸運を再確認し、とても温かい気持ちになった。そしてそれらをもたらしてくれた彼らへの感謝の念でいっぱいになる。
「……うん、そうだね」
昨夜礼は言ったが、改めて感謝を述べたいという想いが胸を満たす。面と向かって言ったら、彼はどんな顔をするだろう。二度も言ったらおかしいだろうか。いや、ハールなら、きっと真面目に聴いてくれる。
「……私、ちょっと喉渇いちゃった。下でお水貰ってくるね。フレイアは?」
そう決めると、安心したのか急に身体の感覚が澄み渡り、同時に喉の渇きを感じた。もしかすると今までずっと気を張っていて、それすら気づく余裕がなかったのかもしれない。
「ありがとー、アタシは大丈夫」
フレイアの返事に軽く頷くと、ベッドから腰を上げる。気持ちが軽かった。
次にハールと顔を合わせたとき、もう一度感謝の言葉を言おう。