Story.2 優しさの代償
地図の端には、リィースメィル大陸と書かれていた。大陸のほぼ中央には長い河が流れており、大きな橋が一ヶ所だけ下部にあるようだ。上部は多少繋がってはいるものの、その河によって大陸は左右に断たれているように見える。ココレットが指でさした現在位置は、両断されているような大陸の右側、下の方だった。
「姉さん……ユティ・フィールは、ここ」
今度は大陸の左側上部を指し示す。そこの部分だけ他と色分けが違っていた。その小さな区域は、残りの大部分よりずっと薄く描かれていた。まるで、存在自体が希薄――もしくは、そうであってほしいという願望が表れているかのように。
「グレムアラウド王国に住んでいるの」
南東に位置する此処と、北西に位置するグレムアラウドは、ほぼ真逆にあると言ってもよいだろう。
「ここの森からだと……西の方向に進めばリィースメィルで一番大きな橋がある港町に着くわ。その橋を渡って北の方角に行けばグレムアラウドまで着くわね」
リセはその説明を聞き、暫く地図を凝視してから、一言。
「…………遠い」
「んー……否定はしないわ」
ココットは苦笑を浮かべる。
「でも、その記憶に鍵をかけた記憶師を手掛りも無くやみくもに探し回るより、術を解除できるかもしれない姉さんに会いに行く方が、記憶が戻る可能性が高いと思うわ。どう? ……行く?」
リセは再度地図を見つめ、そして。
「行く」
迷いの無い瞳が、そこに在った。
「自分が何かも分からないままなんて、嫌だもん」
「……そうね」
彼女に優しく微笑むと、ココレットは笑んだまま、顔をハールに向けた。
「ハール」
「……」
「目を逸らして聞こえないフリしないでくれるかしら」
観念して、視線をココレットと合わせるハール。リセに向けていたのと同じ微笑みのはずなのに、向けている人によって印象が変わって見えるから不思議だ。どういう風にとは言わないが。
「……こんな遠くまで女のコを一人旅させる程、貴男野暮じゃないわよね」
「………………」
「彼女、ついさっきまで自分の名前も分からなかったのよ」
「……………………」
「最近は『旅人狩』も多発してるみたいだし……ねぇ」
笑顔の、とんでもない圧力。加えて、十数秒の沈黙。
「……分かった、分かった! 行けばいいんだろ、行けば!」
白旗を上げざるを得ない状況。勿論、ハールが折れた。
「あら? ハール、リセと一緒に行ってくれるの? 優しいわね」
でないとどうなるか分かったもんじゃないからな、という台詞をどうにか飲み込んで、ハールは、リセに清々しいとまで言える程の吹っ切れた笑みを向けた。
「……ということで強制的に――」
「何か言ったかしら?」
「いえ何も。リセが心配なので同行させて頂きます」
「よろしい」
そう言うと、ココレットは満足そうに笑った。……いつも穏やかな人程、裏では権力を握っているものである。
「ありがと……ハール」
リセは、心から嬉しそうに笑った。
それは、少し、儚げに。纏っている白い服とあいまって白い花を連想させた。
「はいはーい! アタシも行きまーす!」
「フレイア……本当に?」
「お前、いいのか?」
「可愛い女のコが困ってるんだよ? 微力ながら助けるほかに選択肢なし!」
どういう理由だ、と突っ込みたくなったハールだが、フレイアがいればリセの為になることも多いだろう。しかし、もし本当に長く同行することになるならば、彼女に告げるべき事がある。まだ、フィール姉妹――そして、当人にすら知らせていない事実。
「とにかく……もうすぐ夕方だし、とりあえず今日は泊まって明日出発するといいわ。ハール、夕飯作るの手伝ってくれる?」
「あ、あの、私も……」
「貴女たちは患者さんとお客さんなんだから、上でゆっくりしてていいわよ」
「えー、アタシも何か手伝うー!」
「いいのよー、ハールが全部やるから」
「……って、おい!」
暫し状況を忘れてしまうような、穏やかな談笑。
しかしそのなかで、『彼女』は一人、静かに口を噤んでいた。
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「姉さん……ユティ・フィールは、ここ」
今度は大陸の左側上部を指し示す。そこの部分だけ他と色分けが違っていた。その小さな区域は、残りの大部分よりずっと薄く描かれていた。まるで、存在自体が希薄――もしくは、そうであってほしいという願望が表れているかのように。
「グレムアラウド王国に住んでいるの」
南東に位置する此処と、北西に位置するグレムアラウドは、ほぼ真逆にあると言ってもよいだろう。
「ここの森からだと……西の方向に進めばリィースメィルで一番大きな橋がある港町に着くわ。その橋を渡って北の方角に行けばグレムアラウドまで着くわね」
リセはその説明を聞き、暫く地図を凝視してから、一言。
「…………遠い」
「んー……否定はしないわ」
ココットは苦笑を浮かべる。
「でも、その記憶に鍵をかけた記憶師を手掛りも無くやみくもに探し回るより、術を解除できるかもしれない姉さんに会いに行く方が、記憶が戻る可能性が高いと思うわ。どう? ……行く?」
リセは再度地図を見つめ、そして。
「行く」
迷いの無い瞳が、そこに在った。
「自分が何かも分からないままなんて、嫌だもん」
「……そうね」
彼女に優しく微笑むと、ココレットは笑んだまま、顔をハールに向けた。
「ハール」
「……」
「目を逸らして聞こえないフリしないでくれるかしら」
観念して、視線をココレットと合わせるハール。リセに向けていたのと同じ微笑みのはずなのに、向けている人によって印象が変わって見えるから不思議だ。どういう風にとは言わないが。
「……こんな遠くまで女のコを一人旅させる程、貴男野暮じゃないわよね」
「………………」
「彼女、ついさっきまで自分の名前も分からなかったのよ」
「……………………」
「最近は『旅人狩』も多発してるみたいだし……ねぇ」
笑顔の、とんでもない圧力。加えて、十数秒の沈黙。
「……分かった、分かった! 行けばいいんだろ、行けば!」
白旗を上げざるを得ない状況。勿論、ハールが折れた。
「あら? ハール、リセと一緒に行ってくれるの? 優しいわね」
でないとどうなるか分かったもんじゃないからな、という台詞をどうにか飲み込んで、ハールは、リセに清々しいとまで言える程の吹っ切れた笑みを向けた。
「……ということで強制的に――」
「何か言ったかしら?」
「いえ何も。リセが心配なので同行させて頂きます」
「よろしい」
そう言うと、ココレットは満足そうに笑った。……いつも穏やかな人程、裏では権力を握っているものである。
「ありがと……ハール」
リセは、心から嬉しそうに笑った。
それは、少し、儚げに。纏っている白い服とあいまって白い花を連想させた。
「はいはーい! アタシも行きまーす!」
「フレイア……本当に?」
「お前、いいのか?」
「可愛い女のコが困ってるんだよ? 微力ながら助けるほかに選択肢なし!」
どういう理由だ、と突っ込みたくなったハールだが、フレイアがいればリセの為になることも多いだろう。しかし、もし本当に長く同行することになるならば、彼女に告げるべき事がある。まだ、フィール姉妹――そして、当人にすら知らせていない事実。
「とにかく……もうすぐ夕方だし、とりあえず今日は泊まって明日出発するといいわ。ハール、夕飯作るの手伝ってくれる?」
「あ、あの、私も……」
「貴女たちは患者さんとお客さんなんだから、上でゆっくりしてていいわよ」
「えー、アタシも何か手伝うー!」
「いいのよー、ハールが全部やるから」
「……って、おい!」
暫し状況を忘れてしまうような、穏やかな談笑。
しかしそのなかで、『彼女』は一人、静かに口を噤んでいた。
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