Story.2 優しさの代償





「……そっか、リセっていうのか」
 ココレットと少女が部屋から戻ってくると、他でもない少女自身――『リセ・シルヴィア』から名を告げられた。今は魔法による眠りから覚め、意識は施術前と同様はっきりとしている。
「うん。歳は十六みたい」
 「みたい」というのは、頭の中の情報がまだ自分のものであるという実感がないからであろう。記憶が戻ったのであれば安心感から笑みの一つでも零れてきそうなものだが、まだ治療が終わったばかりだからなのだろうか、それにしても晴れやかな表情とは言い難い。
 しかしとりあえずは肩の荷が下りたことに、ハールは安堵の溜め息をついた。
「元いた場所とか、思い出したんだろ? そこまで送っていってやろうか?」
「あ、アタシも着いてくー!」
 あれからすぐに帰ってきたフレイアも同意し、元気よく挙手した。
「あ……」
 するとふいに、リセの表情に翳が差し、部屋の空気が硬くなる。何か不味いことを口にしたかと、ハールはココレットに視線を送った。
「……あの、そのことなんだけど、私から説明してもいいかしら」
 ココレットがリセを見遣ると、彼女は静かに頷く。
「率直に言うわね」
 一つ、呼吸を置いて。

「彼女の記憶には…………鍵がかかっているわ」

「――……!」
 レイシェルは驚きを隠せずに、リセに目を向ける。
「嘘……なんで……」
「レイ、それってどういう……」
 薄々感付いてはいながらも、ハールは訊かざるを得なかった。それ程、姉妹の表情が緊迫したものだったから。レイシェルはリセから視線を外すことなく、ハールの質問に答える。
「彼女の記憶は失くされた訳じゃない……まだリセのなかに全てある。でもその記憶に鍵がかけられていて、自分でもその記憶を引き出すことができなくなっているの。ただ……問題は、そこじゃない」
 何か言い辛いことを口にしようとしているのか、黙り込むレイシェル。ココレットがそれを代弁しようと口を開いた。
「自ら記憶に鍵をかける……そんな芸当できる筈ないわ。実例がないわけでもないけど、記憶師の魔法を受け付けない程に固く閉ざすことは、まず無理と言っていいわね」
「それは……」

「そう、リセの記憶は、人為的に封印されているってこと」
            

 先刻より深く俯いているリセの表情は窺うことができない。
「でもね、人の記憶に鍵をかけるということは、治したり消したりするより、ずっと難しいの。私達にもできないわ……しかも、言葉とか、常識は残ってる。全部の記憶に鍵をかけるならまだしも、過去の出来事や、自分に関係することについてのみ、鍵がかかっている……こんな器用なこと、並の記憶師が……いえ、どんなに優秀な記憶師でも、できることじゃないのよ」
 そして、「名前とか簡単なことは私の魔法で思い出せたのに、過去のことは無理だった……記憶によって、封印の強さを変えたのね。本当に有能なんだわ……」と続けた。
「でも、記憶は治すこともできる、消すこともできる。そして……創ることもできる。だから今引き出せる記憶も、本当に自分のものだという確証は無いわ。これ程の力量を持つ記憶師なら、違和感を残さずに記憶を創って、元より自分の記憶だったと思わせるのも可能な筈だから……」
 「説明はこんなところかしら」と、ココレットは話を締めくくった。予想以上に大事になってしまった事態に、まだハールは思考が追い付かない。
「あー、それってリセは何者かによって記憶を封印されてて……封印した奴はとにかくすごい記憶師……そういうこと、で、いいんだよな?」
「ええ」
                       
「……どうしたら」
                        
 その時、今までずっと黙っていたリセが言葉を発した。
「どうしたら……記憶が戻るの?」
 下を向いていた顔を上げて、金の瞳でココットを見据える。
「リセ……」
「どうすれば、戻るの?」
 ココレットは少しの間思案すると、リセに向き直った。
「一番確実なのは……鍵をかけた当人を探し出して、解いてもらうことね。後は……」
「後は……?」
「私達の姉を訪ねてみるといいわ」
「お前達、姉貴なんていたのか? 初めて聞いた」
 ハールは微かに目を見開く。
「ええ、彼女も、記憶に鍵をかけることができるの。多分、公認記憶師の中では姉さんだけじゃないかしら。封印ができるのなら、解くこともできるかも……ね」
「その人は、何処にいるの?」
 リセの言葉に、ココレットは棚から地図を取り出してくる。
「ここが……現在地ね」
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