Story.2 優しさの代償




 二人を待つ間、レイシェルが姉はハーブを始めとした植物を育てるのが趣味で庭には珍しい花も咲いているという話をフレイアにしたところ、彼女は見たいと言い外へ出て行った。
「なんかフレイアが花に興味あるとか、意外」
「そーお? 女の子って大体好きだと思うけど。世話するのはともかく、見るだけなら――――」
 その時だった。
「……ッ」
 レイシェルは二杯目の茶を注いでいた手を止め、声がした仕事場の方を振り返る。
「レイ、今の……」
 ハールは不安気に彼女を見遣る。
「うん、あの娘の声……」
 普段通りの治療なら、まずあんなに大きな声は出さない。しかし、例外と呼べるほど稀な場合にのみ起こり得ることもある。
「感情が……極端に強かった場合……」
「……レイ?」
「過去の重要な部分……主に記憶を無くすきっかけとなった事柄を思い出させようとすると……一時的にその時の感情をその時のまま体験するってことがあるの……ほんとに稀だけど」
 今話をしているレイシェルの横顔は、いつも彼に見せるおどけた表情ではない――――『記憶師』の顔だった。
「彼女は今まさに記憶を失くす瞬間の気持ちを、再度体験中ってとこかな」
「……っ、それって……!」
 「辛いんじゃないのか」と言おうとして――――言えなかった。彼女の表情を、見てしまったから。
「あの娘が全部思い出して、もしその記憶が重すぎて抱え切れなかったら……」
 ココレットが記憶を修復するのが役割ならば。なら、彼女は――――
「何度も、見てきた筈なのにね」
 ハールは肩に小さな重みがかかったのを感じた。
「慣れないなぁ……」
 今は、そのままでいさせることにした。
「……慣れなくて、いいんじゃないか?」
 いつもなら、さっさと振り解いているけれど。  


「はぁ……」
 ココレットは内に沈殿した様々なものを吐き出すかのように、大きな溜め息を一つ落とした。今、リセは神経系に作用する魔法で眠らせてある。きっとあのまま記憶を戻そうとしていれば、間違い無く精神が崩壊していただろう。
「……こんなこと初めて」
 まさか、こんな高度な技術を持つ記憶師が、あの人以外にいたなんて――――。           
 二度目の溜め息は、気だるい午後の斜陽に溶けていった。


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