Story.2 優しさの代償




「じゃあ、今更だけど自己紹介しましょうか」
 ココは全員のティーカップに茶を注ぐと、ちょうど正面に座っている少女に微笑みかけた。カップからハーブらしき香りが立ち上る。     
「私はリネリス王国公認記憶師、ココレット・フィールよ。歳は十七。ハールと同い年ね……レイとは双子だけど、一応私が姉よ」
 そして、「よろしく、ココでいいわ」と続ける。
「あたしも同じく公認記憶師のレイシェル・フィール。レイって呼んで。……いやー、さっきは患者さんとは知らずに悪かったわねー」
 あっけらかんと笑いながら言うレイシェル。どうにも気を悪くできないのは彼女の持つさっぱりとした愛嬌のせいか。
「でも、あたしのハールに手ぇ出したら容赦しないからっ」
「誰がお前のだよ……」
「レイ」
 ココレットは妹を目で制すとカップに口をつける。
「……さて、それじゃ本題に入りましょうか」
 ココレットは今まで浮かべていた柔和な微笑みを消すと、ハールに問い掛けた。
「彼女を見つけたとき、衣服の乱れとか争った跡とかは無かった?」
 ハールは一瞬考えたが、すぐに否定の返答をする。
「そうね……傷も無いみたいだし、外部からの強い物理的衝撃による記憶の欠落って線はないわね」
「……えーと?」
 少女はいまいち意味が分からないらしく、説明を求める視線をレイシェルに送る。
「んー、頭殴られたり、上から物が落っこちてきてその拍子に記憶落っことしちゃうとか……そういうコト」
「簡単に言うとそうなるわね。多大な精神的ショックでの記憶喪失って線でいってみましょうか……じゃあ、治療を始めましょう」
 ココレットは椅子から立ち上がると、「別の部屋に移動したいんだけど、いいかしら」と続ける。
「あ、うん……」
 少女もそれに倣って腰を上げた。
「そんなに時間はかからないから……三人はここで待っててもらえる?」
 ココレットが振り返って言うと、レイシェルはテーブルに片肘をついてウインクを一つ落とす。
「あたしは時間かけてくれても結構だけどねっ」
「……レイ、ハールに変なコトしないでよね」
「他に人がいるのにできるワケないでしょー。あっ、ハールは構わないって?」
「えっ、ハール君ってそういうシュミの人?」
「レイ、幻聴だ。フレイア、そういうの止めろ頼むから」
「……行きましょう、こっちよ」
「うん」
 一連の会話を聞かなかったことにし背を向けるココレットと、彼女についていく少女。
 ハールは二人を扉の向こうへと見送りながら願った。一分一秒でも早く帰ってきてくれ、と。
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