Story.2 優しさの代償




「……ふーん、記憶喪失かぁ」
 ココはハールの隣に立つ少女を見つめる。彼女は何だか居心地が悪くなって、少し俯いた。
「あ、こんなに見つめちゃ悪かったわね、ごめんなさい」
「い、いえ」
「そんなに硬くならなくてもいいわよ。別に危険なことをするわけじゃないわ。痛くもないし、身体的な影響は何もないわよ」
 少女はその言葉に少なからず安堵した。実は内心、痛かったらどうしようなどと不安だったのだ。どうやら杞憂だったらしい。
「よし、じゃあ詳しいことは中で。立ち話もなんだし――――」
「あぁっ! ハール!?」
 ココの言葉は女性の声に何の遠慮も無くあっけなく遮られた。その声の主に、ハールは苦い顔をする。
「レイ……」
 少女はさっきの会話の中に「レイ」という名前が出てきたのを思い出し、彼女のことだったのかと思う。そしてその名前が出てくる度に、ハールはかなり動揺しているように見えた。そして実際に、今彼はレイと視線を合わせないように努力している気がする。
 しかしレイの方はそれに気付いているのかいないのか、嬉しそうにハールに駆け寄り――――

 思いっきり抱き付いた。

「うわっ!?」            
 その拍子にココと揃いのヴェールが風に波打つ。
「ひっさし振りーっ! 二ヶ月と四日ぶりだね!?」
 ちなみに四日ぶりというのは正解だったりする。それはさておき。
「レイッ!」
 ハールはよろけて転びそうになるのを何とか踏み止まって回避し、レイの肩を軽く押して身体から離そうとした。
「ここに来る度言ってるよな、そういうことするなって! 少しは学習しろ!?」
「えー、ハールつれないーっ。でもそーゆートコもすきっ」
「レイっ! いいから離れろって!」
 このままでは絶対にレイはくっついたまま離れないと判断したのか、見かねたココがレイをハールから引き剥がす(“剥がす”という言葉がぴったりくる)。
「いい加減にしなさい、レイ! ハールは今日仕事の話で来てるの」
 レイはココに引きずられ、ハールと距離を取らされたことに対して不満そうに口を尖らせた。
「わぁかった、わかったから! もう、やめてよお姉ちゃん!」
 その言葉で、ココはようやく捕まえていたレイを解放する。彼女の発言から、二人は姉妹らしい。そういえば、記憶師は双子だとハールが言っていたっけ……少女はぼんやりとそんなことを考えていた。今まで気付かなかったが、二人が着ている服も、細部こそ違うがよく似ていた。彼女達自身もそうだと思う。髪型も、ココはハニーブラウンのセミロング、レイはライラックのショートカット。性格も正反対とみえる。しかしブラウンの瞳も、顔つきもどことなく似ていた。
「もうお姉ちゃんってば……何で愛し合う恋人達の抱擁を邪魔するかなぁ」
「誰が恋人だって!?」
「はぁー、無粋だなぁ……」
 ハールの悲痛なツッコミをさらりと流し、レイはさも当たり前だと言う風にわざとらしく溜め息をつく。
「別にレイはハールの恋人じゃないでしょう」
「これからなるんだもん」
「いや、ならないから……」
 ハールは力無く呟く。少女は、ハールがレイを避けている理由がなんとなく……いや、はっきりと分かった気がした。
「……って、誰この子たち!? どうしたの!?」
「今更かよ」
 遅ればせながらハールの後ろにいた少女とフレイアに気づいたらしく、レイは思いきり二人を指差す。
「どうしたって、成り行きで――」
「成り行き! 成り行きで二人も落としてきたわけ? もうっ、私という恋人がありながら!」
「どこから訂正すればいい。後者に至っては何回否定したらいいんだ」
 当の少女たちは話の中心にされながらも、そのやり取りに口をはさむ余地が無い。
「アタシ、記憶師ってもっとこう……さ」
「うん……何となくわかる」
 “記憶師”という肩書きが持つイメージとはかけ離れた振る舞いに、思わず顔を見合わせる二人。
「はいはい、ハールはそんな度胸ないしレイの恋人でもありません。そしてこれからもなりません」
 見かねたココが手を叩いて終止を促す。レイも若くしてこの職に就いているのだから有能なのであろうが、できれば施術は姉君の方にお願いしたい……と密かに祈った少女であった。
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