Story.2 優しさの代償
問いの内容に反してにっこりとした笑みを浮かべる。彼の目を覗き込む青い瞳には悪戯っぽい光が揺れており、その奥に何か真意があるのか否かも推し量れない。
言葉に詰まるハール。記憶喪失だなんて繊細な問題は軽々しく他言するべきではないし、まして当人が隣にいるのである。だが窮地を救ってくれた恩人だからして無下に扱うのも憚られた。
何と言っていいか分からず、その場を静寂が支配すること幾何か――
「――ハールは悪い人じゃないです!」
少女が一歩踏み出した。
「その、私は――……」
しかし、口を開いたはいいがその先が出てこない。
「……私、は」
弱々しく、紡ぐ本人でさえ続きを知る術が無い言葉。彼女は何かを言おうとするも、唇から声が零れることはなかった。
「……オレは」
ハールが、それ以上続けることを制した。
「ハール・フィリックス。少し事情があってさ、コイツは名前分からねぇんだ」
ありがとな、と小声で言う。少女は小さく首を横に振ると一歩下がった。
その様子に、フレイアは軽く肩を竦める。
「冗談だよ。でも、なんか込み入ったこと訊いちゃったみたいだね。ごめんねっ」
困ったように笑う彼女からは、やはり悪意のようなものは感じられなかった。そして今度は口元に手を寄せて考える仕草をする。
「……ってことは、もしかしてこの先に住んでる記憶師のとこに行くの?」
察しがいいな、とハールは思う。今の会話と場所を併せて少し考えれば分かることかもしれないが。
「じゃあさ、一緒に行かせてよ」
「え?」
「……は?」
間の抜けた声が二人分。「じゃあ」の後に、なぜそのような言葉が続くのか、訳が分からない。
「お前もあいつらに用がある……とか?」
「ううん、ないっ! 護衛って言ったら大袈裟だけど……この先また魔物が出るかもしれないし、戦力は多いに越したことないでしょ? さっき気を悪くさせちゃったお詫びっていうか?」
「え、いや、でもな……」
「現に、さっき危なかったじゃない?」
「う……」
反論出来ないが、突然そんなことを言われても返答に困る。
困った挙句、ハールは少女に意見を求めることにした。今この森を往く理由は彼女にあるゆえ、その過程についても決める権利は彼女にある。隣に佇む少女を見遣った。
「どうする」
「……」
少女は人馴れしていない小動物のような瞳でフレイアを見つめる。ハールはその瞳に見覚えがあった。それもそのはず、自分も昨日その眼差しを向けられたばかりだ。
「さっきはごめんね?」
フレイアは優しげな声でそう言うと、小首を傾げてふわりと微笑む。それは先ほどから見せていた溌剌とした笑みではなく、どこか優雅さすら感じられるものであった。
「……ううん、名乗れないのは、本当だったから」
少女はゆっくりと、自らにも言い含めるように呟いた。
「……よろしく、お願いします」
硬いものの、やや緊張を解いた表情で微笑み返す。するとフレイアは少女の手を両手で取った。
「やった、可愛い女の子とお近づきになれちゃったー! あ、ハール君もよろしくっ」
「……まぁ、お前がいいなら、いいけど」
ついでのように付け足された名前の主は、小さく溜め息をついた。
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言葉に詰まるハール。記憶喪失だなんて繊細な問題は軽々しく他言するべきではないし、まして当人が隣にいるのである。だが窮地を救ってくれた恩人だからして無下に扱うのも憚られた。
何と言っていいか分からず、その場を静寂が支配すること幾何か――
「――ハールは悪い人じゃないです!」
少女が一歩踏み出した。
「その、私は――……」
しかし、口を開いたはいいがその先が出てこない。
「……私、は」
弱々しく、紡ぐ本人でさえ続きを知る術が無い言葉。彼女は何かを言おうとするも、唇から声が零れることはなかった。
「……オレは」
ハールが、それ以上続けることを制した。
「ハール・フィリックス。少し事情があってさ、コイツは名前分からねぇんだ」
ありがとな、と小声で言う。少女は小さく首を横に振ると一歩下がった。
その様子に、フレイアは軽く肩を竦める。
「冗談だよ。でも、なんか込み入ったこと訊いちゃったみたいだね。ごめんねっ」
困ったように笑う彼女からは、やはり悪意のようなものは感じられなかった。そして今度は口元に手を寄せて考える仕草をする。
「……ってことは、もしかしてこの先に住んでる記憶師のとこに行くの?」
察しがいいな、とハールは思う。今の会話と場所を併せて少し考えれば分かることかもしれないが。
「じゃあさ、一緒に行かせてよ」
「え?」
「……は?」
間の抜けた声が二人分。「じゃあ」の後に、なぜそのような言葉が続くのか、訳が分からない。
「お前もあいつらに用がある……とか?」
「ううん、ないっ! 護衛って言ったら大袈裟だけど……この先また魔物が出るかもしれないし、戦力は多いに越したことないでしょ? さっき気を悪くさせちゃったお詫びっていうか?」
「え、いや、でもな……」
「現に、さっき危なかったじゃない?」
「う……」
反論出来ないが、突然そんなことを言われても返答に困る。
困った挙句、ハールは少女に意見を求めることにした。今この森を往く理由は彼女にあるゆえ、その過程についても決める権利は彼女にある。隣に佇む少女を見遣った。
「どうする」
「……」
少女は人馴れしていない小動物のような瞳でフレイアを見つめる。ハールはその瞳に見覚えがあった。それもそのはず、自分も昨日その眼差しを向けられたばかりだ。
「さっきはごめんね?」
フレイアは優しげな声でそう言うと、小首を傾げてふわりと微笑む。それは先ほどから見せていた溌剌とした笑みではなく、どこか優雅さすら感じられるものであった。
「……ううん、名乗れないのは、本当だったから」
少女はゆっくりと、自らにも言い含めるように呟いた。
「……よろしく、お願いします」
硬いものの、やや緊張を解いた表情で微笑み返す。するとフレイアは少女の手を両手で取った。
「やった、可愛い女の子とお近づきになれちゃったー! あ、ハール君もよろしくっ」
「……まぁ、お前がいいなら、いいけど」
ついでのように付け足された名前の主は、小さく溜め息をついた。
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