Story.2 優しさの代償

 少女はハールの声に咄嗟に反応し、彼との距離を縮める。
 木々の間で、昨日と同じ種類の魔物がこちらを見ていた。しかしその眸に殺気は無く、飛び掛かろうとする気配すらない。
「昨日の……?」
 群れの残党だろうか。だがそれにしては様子が違いすぎる。魔物とは本来殺戮兵器であり、こうして人間と出会えば必ず襲ってくる筈なのだが。念の為、ハールは剣を出現させた――――瞬間、       
 突然魔物が咆孔した。
「……ッ!」
 瞬時に、いくらかの殺気が背後に感じられた。そして、それはすぐに二人に肉薄する。
(やられた……ッ!)
 舌打ち。先程目の前でおとなしくしていた魔物は、囮だったようだ。まさか魔物が囮を使ってくるとは、少々彼等の知能を侮っていた。狼をオリジナルとする魔物だからだろうか、集団行動に長けているらしい。やはりこの魔物達は昨日の群れの仲間なのだろう。もしかすると、仇討ちといったところかもしれない。





 ――歴史の話は終わったらしい。「彼女」はその蒼い瞳に、少し離れた処で魔物に囲まれている旅人であろう男女を捉える。右手にはめたグローブについた携帯水晶に、そっと左手を添えた。





 双牙を剥き出し、異形の獣達が荒々しく哮る。
 ――振り返って、おそらく四頭であろう――後ろの群れに応戦すれば、さらに至近にいる囮だった一頭に隙を見せる事になる。自分ならどうにかなるが、攻撃の矛先が少女に向いたならひとたまりもない。僅か数秒という短時間で色々と策を巡らせるが、よい手立ては無かった。     
「――ッ!」
 一瞬の隙を取られ、近距離にいた魔物に牙を立てられる。反射的に斬ろうとしたが柄の部分を狙われ、迂濶にも剣を取り落とす。
「やばッ……」
「ハール!」
 少女の声、目の前には魔物、背後にも数頭、武器を拾う暇は無い。剣が地面に触れ、カランと乾いた音を立てた――――
 ――それと同時に。

「――――っ!?」

 眼前で魔物の四肢が突き崩れ、土煙を上げて地に伏した。
 そしてその頭部には――……一本の矢。 
「な……!?」
「えっ、と……?」
 二人が驚いている瞬間にも、後ろからは、予想していた魔物に見合った数だけの悲痛な聲が聞こえた。
 振り返ると、四頭全ての魔物の頭が矢で射られている。
 ――葉の擦れる音。すると、前方の樹の上に人影が現れた。その人物の左手には弓が。背には矢籠を斜め掛けにして背負っている。
彼女は肩に掛かった髪を手で払うと、口を開いた。

「いぇーいっ! フレイアちゃん、今日も絶好調!」
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