Story.2 優しさの代償
「……で、その時の生体兵器、何か繁殖できるらしくてな。戦争が終わってから勝手に増え始めたんだ。それが、今の魔物。ま、創られた時より殺傷本能は薄れてるみたいだから当時よりは危険じゃなねぇけど、危ないことには変わりない。だから、そいつらを駆逐するのが仕事の『狩人』(ハンター)って職業もある」
「……」
「死体を使った魔物も、まだほんの少し残っていて『既死魔物』(アンデッド)って呼ぶ。オレは出くわした事ねぇけど、何でも暗い処が好きなんだと。気味悪ィよな」
「…………」
「あー……日を跨いじまったけど、魔物の説明はだいたいこんなところ」
「……つまり……昨日私たちを囲んできた『魔物』っていうのは、その百年戦争の武器の残りなんだね?」
「え? あ、あぁ……」
大まかな事柄は頭に入っているようだ。けして物覚えは悪くないようである。
「うん、よくわかった。歴史の説明までしてくれてどうもありがとう! ……それでね、昨日魔物に囲まれた後、」
「あー、いや、ほら……魔物の説明するなら、百年戦争の話は必須だろ? だったら聖戦の話もしなきゃ解りにくいしな」
「うん、わかりやすかった! ……それでね、昨夜って、」
「いい天気だな」
「そうだね! ……って、違う! 会話繋がってないよ!」
「……そうか?」
「そうだよ! って言うかさっきからずっと私が言おうとすると遮る!」
「…………」
「また黙る……」
本日何度目かのだんまりを決め込むハール。
惨劇から一夜明け。あの後、意識を手放した少女を抱えたまま現場から距離を取り夜を明かした。彼女はそのまま今日の朝まで眠り続け……というか昼まで眠り続け、今、太陽はもうすぐ空の一番高い場所まで昇ろうかという時刻である。
少女は惨状を引き起こした際とその前後の記憶が抜け落ちているらしく、魔物に囲まれた時点までしか覚えがないようだった。目が覚めてから記憶にぽっかりと穴が空いている事を無視するなどできるはずもなく、こうしてハールに繰り返し問うているものの、彼は事実を誤魔化し続けている、という訳である。魔物の説明を含めた歴史概説も、今日に限ってはその手段の内の一つであった。
「ハール、ハールってば……!」
最初はすべて話してしまおうかとも考えたのだが、彼女にはショックが大きすぎるように思えたので、結局告げていない。
「ねぇ、何があったの? 私、覚えてない……」
軽く俯き、瞳に影を落とす少女。ただでさえ昨日目覚めてからの記憶しかないのに、その少ない時間のなかでもまたさらに抜け落ちた部分があるということは不安以外の何物でもない。
「何もなかった」
「何もなかったなら、こんなにはぐらかしたりしないよね」
痛いところを突かれ、思わず閉口する。二度目の『記憶がない』という不安は、一度目に勝るとも劣らないものだろう。あまり強い主張をしなかった彼女が引き下がらないのだ、余程知りたいに違いない。
「……何か、あったんだね?」
切実さが痛いほど滲み出ている表情に罪悪感が生まれる。だが、そんな状態の彼女にこれ以上負荷をかけるようなことを口にするなどできるはずもなかった。
「いや、その……」
いい加減同じ会話を繰り返すのにも限界が近いと感じ始めていた。諦めて全部話すか、そう観念しかけた――その時、目の端に黒い物体が映った。
「……その話は、また後でな」
「……」
「死体を使った魔物も、まだほんの少し残っていて『既死魔物』(アンデッド)って呼ぶ。オレは出くわした事ねぇけど、何でも暗い処が好きなんだと。気味悪ィよな」
「…………」
「あー……日を跨いじまったけど、魔物の説明はだいたいこんなところ」
「……つまり……昨日私たちを囲んできた『魔物』っていうのは、その百年戦争の武器の残りなんだね?」
「え? あ、あぁ……」
大まかな事柄は頭に入っているようだ。けして物覚えは悪くないようである。
「うん、よくわかった。歴史の説明までしてくれてどうもありがとう! ……それでね、昨日魔物に囲まれた後、」
「あー、いや、ほら……魔物の説明するなら、百年戦争の話は必須だろ? だったら聖戦の話もしなきゃ解りにくいしな」
「うん、わかりやすかった! ……それでね、昨夜って、」
「いい天気だな」
「そうだね! ……って、違う! 会話繋がってないよ!」
「……そうか?」
「そうだよ! って言うかさっきからずっと私が言おうとすると遮る!」
「…………」
「また黙る……」
本日何度目かのだんまりを決め込むハール。
惨劇から一夜明け。あの後、意識を手放した少女を抱えたまま現場から距離を取り夜を明かした。彼女はそのまま今日の朝まで眠り続け……というか昼まで眠り続け、今、太陽はもうすぐ空の一番高い場所まで昇ろうかという時刻である。
少女は惨状を引き起こした際とその前後の記憶が抜け落ちているらしく、魔物に囲まれた時点までしか覚えがないようだった。目が覚めてから記憶にぽっかりと穴が空いている事を無視するなどできるはずもなく、こうしてハールに繰り返し問うているものの、彼は事実を誤魔化し続けている、という訳である。魔物の説明を含めた歴史概説も、今日に限ってはその手段の内の一つであった。
「ハール、ハールってば……!」
最初はすべて話してしまおうかとも考えたのだが、彼女にはショックが大きすぎるように思えたので、結局告げていない。
「ねぇ、何があったの? 私、覚えてない……」
軽く俯き、瞳に影を落とす少女。ただでさえ昨日目覚めてからの記憶しかないのに、その少ない時間のなかでもまたさらに抜け落ちた部分があるということは不安以外の何物でもない。
「何もなかった」
「何もなかったなら、こんなにはぐらかしたりしないよね」
痛いところを突かれ、思わず閉口する。二度目の『記憶がない』という不安は、一度目に勝るとも劣らないものだろう。あまり強い主張をしなかった彼女が引き下がらないのだ、余程知りたいに違いない。
「……何か、あったんだね?」
切実さが痛いほど滲み出ている表情に罪悪感が生まれる。だが、そんな状態の彼女にこれ以上負荷をかけるようなことを口にするなどできるはずもなかった。
「いや、その……」
いい加減同じ会話を繰り返すのにも限界が近いと感じ始めていた。諦めて全部話すか、そう観念しかけた――その時、目の端に黒い物体が映った。
「……その話は、また後でな」