Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-




 それからしばらくしてドアが鳴った。マレクが開ければ宿の主がそこには立っており、その手には心ばかりの礼という名の夕飯が乗ったトレーがあった。
「今日は助かったよ。ただの修理のつもりで頼んだのに危険な目に遭わせてしまって本当に申し訳なかった。まさか魔獣の餌場にされていたとはねぇ……いや、話を聞いた時は肝が冷えたよ。礼と言っては安いだろうが食べていってくれ」
 隅にあった机をハールとマレクが部屋の中心近くまで運ぶと、宿の主人は大きなバゲット、そして様々な具材と金色で満たされた皿を三つ置く。
「おお、こいつは美味そうだ! ありがとさん、いや俺は働いてないのに何だか悪いなぁ!」
 そう言いながらも実際に遠慮する気は微塵もないようで、手早く二人の椅子をテーブルに寄せ自分は椅子代わりのベッドに腰掛ける。
「ほらお前らも早く座れ。こんな美味そうなもん出してもらって冷ますなんて失礼だからな! というか俺が早く食いたい」
 先程の親方としての威厳はどこへやら。笑顔でいそいそとスプーンを手に取るマレク。鍛冶屋と言われても納得する体格と黙っていれば厳めしい顔立ちだが、その仕草はそれらとはいい意味で似合わない。何となくだが、言葉には出さないものの旅団の面子が彼を慕っている気持ちがほんの少し解った気がした二人だった。
「はい、ありがたく頂きますわ」
「ありがとうございます。わ、港町って感じのものすげー入ってる」
「こういった具材は珍しいんですの?」
「ここまで魚介類入ってるのは海が近くないとねぇな。腐らないまま運ぶのは難しいし」
「成る程……」
 座りながらフェスタは皿を覗き込む。ハーブとオリーブの香りが湯気となって立ち上る黄金色のスープには玉葱や芋、鮮やかな海老と淡く照る皮を残した白身魚が数種類。
「元は漁師が売り物にならなかったり余ったりした魚をまとめて煮込んだものだったらしいんだが、今は一般家庭からそれなりの料理店まで具材の質は違えど皆が食するアリエタ名物として定着しているんだよ」
 ――きゅう。
 突然動物の鳴き声。
「……し、失礼致しました」
 違った。その音がフェスタの外套越しの腹部からしたのだと気付くと、説明をしていた主人は彼女に微笑みながら謝った。
「……って、君はアリエタ出身なんだって? わざわざ言わなくても知ってるか。それより一仕事したんだ、どうぞ召し上がれ。うちはホウライ産のハーブも使っているんだよ。薄くて大きい、緑が綺麗な葉でね。こういうのは食べ飽きているだろうけど他の店とは少し違うと思うんだ、お二人もどうぞどうぞ。あ、きちんと食前の祈りをする人かい?」
「い、いえ……冷めないうちに、いただきます」
 フードを被っているとはいえ、 “同じ人のように”接されることに戸惑いながらスプーンを口に運ぶ。――思わず、吐息が漏れた。
「……アリエタにこんなものがあるなんて、存じませんでした」
 知らなかった香り。温かな味。初めての、ひとに胸を張って誇れる“報酬”。少しだけ鼻の奥がつんとするのは、きっとホウライ産のハーブとやらのせい。
「……大変、美味しいです」
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