Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-
規則的に弾む音。
鼓動と重なる。
背筋を伸ばして顎を引き、深く息を吸う。
――これは有り得なかった景色。
海鳥の声が響く夕焼けの海辺。刻一刻と色を変える空、咲き誇る雲、水平線の彼方まで輝く赤い星。身体を隠す外套はなく、彼女の長い髪は潮香る風に遊んでいた。大きく呼吸する。次の瞬間も生きていたいという証。“ここ”なら、それを誰にも咎められない。
『ああ、未だ見ぬ愛しい貴男!』
期待に胸を膨らませ、愛を夢見る少女を思い描く。
『何色の瞳で私を見つめるの? どんな声で私に愛を囁くの?』
誰も傷つけず、誰からも傷つけられず、愛されることを疑いもしない無垢な瞳には海原に跳ねる星が映り輝く。波が今この時のすべてを祝福しているように優しく笑い、耳を擽る。
『高鳴る鼓動はまるで燃える波のよう』
自らの胸の高鳴りに誘われるままに、柔らかな砂上を進む。つま先を水のヴェールに浸せば、白い泡が真珠となって足首を飾った。煌めく感情に身を任せステップを踏むと――夕光を反射し、星となる飛沫。赤き星屑とともに燃える波と踊る。
ありとあらゆる幸せと呼べるものを描いたかのような、永遠を願うほどに満たされた時。
でも、
それでも、
あの夕陽のその向こうに、愛しい貴男が待っているのだとしたら。
――輝きに満ちたこの時間が終わってしまっても、構わない。
『この赤い星々を散らして、駆け出してしまいたい――今すぐ逢いにいきたいのです!』
声を紡ぐ。世界を編む。歌を織る。――これは、フェスタ・ローゼルの人生とは、違ったけれど。
歌の意味を曲げることなく、フェスタ・ローゼルの存在に嘘をつかず。それでも、重なった瞬間が確かにあった。
『今日のその向こうへ!』
――だからこれは、これから、いつか、どこかで、有り得るかもしれない景色。
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