Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-

 治癒要員としての自分を求めていたのだとしたら、当てが外れたと思っているだろう。彼らが自分とともにあることで享受できる利益はそれくらいしかないはずだ。他に挙げるとすれば、“敵”の知人という点か。しかし、逆に考えれば裏切る可能性もあるという事実に他ならず、それは純粋な利益かと言えば――
「――……っ」
 残焔の世界が見せた男の言葉が耳の奥にこびり付いて離れない。ならば自分がここに居る価値は? 自分は、彼らにとっての――“何”だ?
(私、は――)
 今まで、他者にとっての自分など考えたこともなかった。この世界には彼だけで、いや、もはや彼が世界になっていて――そこには自分ひとりだけで。そんな思考が潮のように渦巻く。彼らは損得勘定でこの手をとってくれたわけではないと、頭では解っているのに。あんな幻覚を見たせいだ。それとも、この感情までもが魔力に当てられたからだというのか――次の穴へ向かい、作業をしつつフードの下からハールを見遣る。彼は視線に気付いているのかいないのか、金槌を叩く手元から目を離さずに言った。
「まあ、それくらいがいいだろ」
 その一言は軽く。まるで、少し休憩するかとでも言うような気軽さだった。
「怪我しても治せばいいっていうのに慣れたら怖いしな。そういうの、よくないだろ」
 一際高い音が鳴る。釘が真っ直ぐに板と土台を繋ぐ。
「火喰鳥にしようとしたのもそれに近いから褒められたものじゃねぇけど……あれはそれ以前に実力差というか……ええと、言いたいことはそうじゃなくて」
 途切れる言葉。一匙の琥珀を溶かしたような午後の陽に、潮騒が響く。
「……さっきみたいなのは本当になしな」
 火喰鳥と交戦した際、最後にフェスタが一投を届かせるため踏み出した件だろう。確かにあれは賭けだった。それでも、どちらにせよ負ける賭けではなかったのだ。自身に当たらなければよし。当たれば治癒魔法をかければよい。戦略としては間違いのない判断だったはずだ。――はず、なのだが。
「本当に……ああいうのは、やめて欲しい。それに、それぞれ色が違うのを見れば分かる通り魔力ってのは固有のもので、基本的に他人から譲渡もできないし急速な回復もできない。お前は誰かを治せるけど、オレたちはお前が魔力不足で倒れても助けられない。……だから、無理すんなよ」
「……はい」
「フェスタ、もう少し長い板――何笑ってるんだ?」
 ――不思議な感覚だ。他人なんて害をなすか、なされるかだけの存在だったのに。
「別に? 何でもありませんわ」
 何かが変わっていくのが分かる。幻覚が見せた火傷は疼く。しかし治癒魔法をかけた時のようにすぐには消えずとも、ゆっくりと、確実に――そこで、はたと気付く。
「ハールさん、魔法はお使いにならない……のですわよね?」
「ああ」
「それにしては、魔法の知識がおありで?」
「……狩人するなら常識の範囲だろ」
 そんなものだろうか。まあ、確かに魔導士とともに狩りをする機会もあるだろう。現にリセとイズムは魔導士であり、そう考えれば何もおかしくはない。
「よし、次で最後!」
 今補修をしていた箇所が終わると、立ち上がり伸びる動作をするハール。日差しのなか、長いこと下を見て作業していたのだ。疲れもするだろう。フェスタも腰を上げると外套の胸元を手で引っ張って扇ぎ、風を送り込む。最後の箇所まで歩いていくと、他と比べれば酷い状態ではなかった。
「せっかくだし、お前やってみる?」
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