Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-
「少しそこ押さえてられるか」
「はい」
本来見えるべきではない骨組みが覗く穴に板切れを当てて塞ぎ、屋根の傾斜で滑り落ちないようフェスタが押さえている間にハールが釘を打ち付け留める。補修というにはあまりに簡素だが、ここまで荒らされてしまえば恐らくすべて敷き直しだ。それまでの応急処置になっていればよいのである。新調したばかりだと言っていたのに、宿の主にこの状態を報告すればさぞ打ちひしがれるだろう。だがここに宿を構えていれば客は絶えぬゆえ、もう一度それをするくらいの余裕は懐にあるに違いない。今回は運が悪かった。いや、偶然とはいえ魔獣の餌場にされて大事にならなかったのだから幸運だったと言える。
「フェスタ、」
「はいどうぞ」
差し出される釘。わずかに驚いた表情を覗かせるハールに肩を竦める。
「さすがにこれだけ繰り返せば手順も覚えますわ」
言いながら、続けて適当な大きさの木材を渡す。
「……まあ、少しの時間とはいえ、戦っていた間分は食べられずに済んだと思えば登ってきた甲斐もあったというものですわね」
「だな。これ以上食われてたら屋根落ちても不思議じゃないしな」
あの鋭い嘴は煉瓦だけでなく、その下の支えとなる部分にまで到達している箇所もあった。土台を崩されてしまえば、室内に瓦礫が落ちてくる事態も有り得た。飛行する魔獣相手に剣とナイフでは――それ以前の問題だったのだが――太刀打ちできなかったとはいえ、煉瓦が美味しくなくなるまでの時間稼ぎという最低限度の守りは果たせたと言えるだろう。煉瓦が美味しくなくなるまでって何という感じだが。
「……前にも魔獣と戦り合ったんだけどさ、あれ勝てたの奇跡だったわ」
「どのような魔獣でしたの?」
「竜」
「は?」
「魔獣が原型の魔物だったんだよ。しかも百年戦争中の生き残りで……」
「……それは、どのように倒しましたの?」
そんなものと戦うなんてと罵倒されると思っていたハールだったが、意外にもその紫の瞳は興味に輝いていた。馬鹿の一言くらいは言いたかったのかもしれないが、想定以上の相手だったからか、好奇心が勝ったようである。
「――はあ、成る程。洞窟には鍾乳石というものが……考えましたわね」
「やっぱり魔導士なしで魔獣相手はキツいな。それを思い付いても実行できる奴がいなかったらもうどうしようもなかった。そういやお前も魔法使えるんだし、あいつらの魔導士としての力量とか、何となく分かるんだろ?」
作業の手は止めずに言うハール。フェスタは板切れを押さえながら、少し考える素振りを見せた。
「私は魔導士としては三流……いえ、魔導士とも呼べない程度ですが、まあ、そうですわね。イズムさんは相当量の魔力をお持ちの様子。リセさんは……魔導士のなかでは普通と少し多いの中間くらいでしょうか」
確かに治癒魔法は使えるが、自分を魔導士だと思ってはいないし、外套の下に着ている服だって“それらしい”とは言い難い。狩人をしているような者は特にだが、魔導士は一目でそれと判る服装をするのが好ましいとされる。物理的な武器を持つ者は体格や雰囲気、携帯水晶があるが魔導士は違う。もし普通の村人のような格好をしていれば、武器を扱えるなど予想もできない。一般人からすれば、攻撃魔法を使えるということは常に透明な刃物を所持しているのと同義だ。魔法を持たぬ者に恐怖が微塵もないかと言われればそれは否だろう。ならば“透明な刃物を持っている”と知らせて欲しい。リセやイズムのような服装は、そういった意識が表面化したものだ。どことなく聖戦当時の人間と魔族の関係性を彷彿とさせる、などとぼんやりとフェスタは考える。
「あー、やっぱ分かるんだな。そういやお前は?」
「今さっき申し上げましたでしょう、三流かそれ以下だと。治癒以外はからきしです。魔力の量もお二人と比べればみすぼらしいものですわ」
「三流とか、それはないだろ。怪我治すなんてすげーことできるんだから」
「魔導士としては基礎でしょうが、魔力を明かりの代わりにすることさえままならないんです。発光自体はさせられますが、維持する魔力量が私にはありません。以前試してみましたが、すぐに気分が悪くなりましたわ」
小気味の良い音が響き、釘の頭が木に埋もれて平らになる。また一つ穴が塞がった。喋りながらも作業は順調だが、すでに日が傾き始めて真昼とは質の違う強い陽射しがそれなりにきつい。西日というやつだ。二人は汗を手の甲で拭いながら立ち上がり屋根を見回す。残りはあとニ、三個。
「成る程な。ならあまり気軽に使うものでもないな」
「かすり傷やちょっとした切り傷でしたら何の問題もありませんが、それ以上となると……一度に何回も、というわけにはまいりません」