Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-
青い空。逆光。こちらを心配そうに見下ろす、彼とは違う少年。制止の言葉を言い終える前に、視界に広がるものは一瞬にして反転していた。
「よかった、目が覚め――」
どれだけ心配をしていたのかが手に取るように分かるほど、ひどく安堵した様子で吐息を零す。どうやら自分は倒れているらしい。なぜ、だったか――
「――い、や……っ!」
あの日、
燃える家屋、
盗んだ果実、
運んだ包み、
掃き溜めの記憶、
――変えられない“獣人”の、自分。
「触らないで……!」
「――おい、落ち着けって」
彼の手を振り払い、少しでも離れようと胸を押し返す。
「だって、私は――!」
こんな眼差しを、向けられていい、者、では、
「……フェスタ!」
強い声。
「ハール、さん……」
ここまで強い声は初めて聞いた気がする。まるでたった今目の前の人物が彼であったことに気付いたかのような反応をするフェスタに、再びハールは表情を曇らせた。
「火喰鳥が鳴いたと思ったら、突然お前が倒れて……」
――ああ、そうだった。歌の練習、屋根補修、魔獣との遭遇。それらを一気に思い出し、やや呼吸が落ち着く。そうだ、これが現実だ。ならば、先程の風景は何だったのだろうか。上半身を起こして額に指を添える。肌が汗ばんでいるのが分かった。起き抜けの混乱は解けたものの、疲弊の色が隠せぬ彼女をハールは心配そうに覗き込む。
「……夢、みたいなの見てたんじゃないか? さっき思い出した。火喰鳥は身を守るために、火に関する強い記憶がある奴には幻覚を見せることがあるって――どこか痛んだりは? 何を――……いや、身を守るためにってことは……いい内容のはずない、よな」
今の話だけで状況には十分納得できた。“火に関する強い記憶”とやらを持っている自覚はあるし、魔法への耐性も何もない者が魔獣の攻撃などまともに受けたら影響を受けない方がおかしい。この様子だと彼は幻覚を見なかったようだ。耐性をつける何かを持っていたのか、そういった記憶がないのか――恐らく後者であろう。あれからどのくらい経ったのか分からないが、ずっとこうして付き添っていたに違いない。すぐにでも部屋に連れて行きたかったのだろうが、火喰鳥が下まで追いかけてくるのは周りへの被害を考えれば一番避けたい事態であるし、だからといって自分だけ置いていくなど彼の性格を考えればできない。
「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「いや、オレこそ……こんな目に遭わせて、本当に……悪かった」
「いえ、そんな――……そうだ、魔獣は!?」
「オレたちが何もしないから満足したのか、ずっと大人しくそこで煉瓦食ってる」
圧倒的な敗北を喫したため、もう屋根が壊されていくのを眺めるしかない。できることといえば、刺激をせず、どこかへ飛び去るまで監視するくらいだ。もふもふの毛玉は丸い身体に不釣り合いな嘴を器用に使い、煉瓦を割っては飲み込んでいく。
がっ、がっ、がっ。ぼりぼり、ごくん。
がっ、がっ、がっ。ぼりぼり……ごくん。
ぼりぼりぼ………ぺっ。
「……お腹がいっぱいなのでしょうか」
だんだんと食べる速度が遅くなってゆき、最終的には吐き出してしまった。しかし腹が満たされ満足しているという風ではなく、どことなく不機嫌そうである。そしてこちらには一瞥もくれず、大きく翼を広げて青の中へと消えていったのであった。
「あー……もう焼いて時間経ったから美味くなくなったのか」
「成る程……」
彼の話では“火の気配”がするものを食すということだった。煉瓦であれば、焼いて日の浅いもの。彼――または彼女――の舌を満足させるには、些か時間が経過してしまったらしい。美食家で助かった。本当に。
「……直すか」
散らばる煉瓦、木材、放られた工具、穴だらけの屋根。着いたときより明らかに度合いの上がった惨状に、溜め息まじりにハールは言った。
「よかった、目が覚め――」
どれだけ心配をしていたのかが手に取るように分かるほど、ひどく安堵した様子で吐息を零す。どうやら自分は倒れているらしい。なぜ、だったか――
「――い、や……っ!」
あの日、
燃える家屋、
盗んだ果実、
運んだ包み、
掃き溜めの記憶、
――変えられない“獣人”の、自分。
「触らないで……!」
「――おい、落ち着けって」
彼の手を振り払い、少しでも離れようと胸を押し返す。
「だって、私は――!」
こんな眼差しを、向けられていい、者、では、
「……フェスタ!」
強い声。
「ハール、さん……」
ここまで強い声は初めて聞いた気がする。まるでたった今目の前の人物が彼であったことに気付いたかのような反応をするフェスタに、再びハールは表情を曇らせた。
「火喰鳥が鳴いたと思ったら、突然お前が倒れて……」
――ああ、そうだった。歌の練習、屋根補修、魔獣との遭遇。それらを一気に思い出し、やや呼吸が落ち着く。そうだ、これが現実だ。ならば、先程の風景は何だったのだろうか。上半身を起こして額に指を添える。肌が汗ばんでいるのが分かった。起き抜けの混乱は解けたものの、疲弊の色が隠せぬ彼女をハールは心配そうに覗き込む。
「……夢、みたいなの見てたんじゃないか? さっき思い出した。火喰鳥は身を守るために、火に関する強い記憶がある奴には幻覚を見せることがあるって――どこか痛んだりは? 何を――……いや、身を守るためにってことは……いい内容のはずない、よな」
今の話だけで状況には十分納得できた。“火に関する強い記憶”とやらを持っている自覚はあるし、魔法への耐性も何もない者が魔獣の攻撃などまともに受けたら影響を受けない方がおかしい。この様子だと彼は幻覚を見なかったようだ。耐性をつける何かを持っていたのか、そういった記憶がないのか――恐らく後者であろう。あれからどのくらい経ったのか分からないが、ずっとこうして付き添っていたに違いない。すぐにでも部屋に連れて行きたかったのだろうが、火喰鳥が下まで追いかけてくるのは周りへの被害を考えれば一番避けたい事態であるし、だからといって自分だけ置いていくなど彼の性格を考えればできない。
「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「いや、オレこそ……こんな目に遭わせて、本当に……悪かった」
「いえ、そんな――……そうだ、魔獣は!?」
「オレたちが何もしないから満足したのか、ずっと大人しくそこで煉瓦食ってる」
圧倒的な敗北を喫したため、もう屋根が壊されていくのを眺めるしかない。できることといえば、刺激をせず、どこかへ飛び去るまで監視するくらいだ。もふもふの毛玉は丸い身体に不釣り合いな嘴を器用に使い、煉瓦を割っては飲み込んでいく。
がっ、がっ、がっ。ぼりぼり、ごくん。
がっ、がっ、がっ。ぼりぼり……ごくん。
ぼりぼりぼ………ぺっ。
「……お腹がいっぱいなのでしょうか」
だんだんと食べる速度が遅くなってゆき、最終的には吐き出してしまった。しかし腹が満たされ満足しているという風ではなく、どことなく不機嫌そうである。そしてこちらには一瞥もくれず、大きく翼を広げて青の中へと消えていったのであった。
「あー……もう焼いて時間経ったから美味くなくなったのか」
「成る程……」
彼の話では“火の気配”がするものを食すということだった。煉瓦であれば、焼いて日の浅いもの。彼――または彼女――の舌を満足させるには、些か時間が経過してしまったらしい。美食家で助かった。本当に。
「……直すか」
散らばる煉瓦、木材、放られた工具、穴だらけの屋根。着いたときより明らかに度合いの上がった惨状に、溜め息まじりにハールは言った。