Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-
「え……」
フェスタの目の前には燃える瓦礫が広がっていた。青い空と暖色の屋根は跡形もなく消え失せ、代わりに沼の底から見上げているのではないかと錯覚する黒い空と、小さく破裂するような音を絶え間なく響かせる炎が空間を支配する。
――これは、あの夜だ。
考える間もなく、瞬時に悟る。ただし立っているのは自分一人だけで、周囲に逃げ惑う人々がいない点だけが違っていた。白昼夢でも見ているのだろうか。訳がわからずしばらくの間その場に立ち尽くしていたが、変わらぬ状況にとりあえず足を動かす。十歩も進まないうちに肩に何かが置かれた。五本の硬いものが食い込み、それが人の手だと理解する。
「お前が運んでくれた包みのおかげで邪魔な奴らが消えたよ、感謝するぜ」
振り返る。男性だ。顔には不自然に影がかかり、性別以外は判断ができない。驚きで何も言えないでいると、突然正面から怒声が刺さる。
「よくもうちの商品を盗んでくれたな、家族を食わせていけなくなったらどうしてくれる! お前みたいな盗みを働くクズがのうのうと生きて子供たちが腹を空かせるなんて、そんな馬鹿な話があるか!」
弾かれるようにして前を向けば、そこにも同じく顔のない人間がいた。表情こそ分からないものの、今にも掴みかかかってきそうなほどに怒っているのは感じられた。右手が振り上げられる。殴られるかと咄嗟に両手を顔の前に出す。しかしそれが振り下ろされることはなかった。腕の間から正面の男の動きを窺う。顔は上半分にかかる影のせいで、口元の動きしか分からない。
「……まあいい。害獣がアリエタから減るのは有り難いことだ。ただなぁ、ここからお前が消えても――」
――それは、灰色の唇から、無機質に漏れる。
「お前の行いは消えない」
重なる声。目を見開く。この二人のものか、いや、もっと多くの声がした気もする。遥か遠くから聞こえるような、耳元で囁かれているような距離感の掴めない虚ろな声。肩の手を振り払い、目の前の身体を突き飛ばし、走る。背後からはもう足音も声もしない。けれど、それは追いかけてくる。
這い出る、這い寄る。
街角から、路地から、己の記憶から。
絡む、絡む。
“獣人”という名の荊は、もはや獣の特徴を備え体格に恵まれないというただの身体上の違いを指すものに非ず。生を受けた瞬間から世界に囲われ、その棘から身を守るために自らもそれを編んでゆく。世界と己で罪と棘を編んで、編まれて、己を守るための棘は、増やせば増やすほど己を刺してゆく。
まるで、永久に囲われる荊の檻だ。死してなお出ること能わず、遠巻きに指を指される。